BLOG

The First Knife 〜前編〜




生まれて初めて作ったナイフについて話そう。



私が心底敬愛し、惚れている二人の男が、

お互いに会ったことがないことにも関わらず、

私のナイフを通じて響き合った、という話だ。



それがどれだけ私にとって大切なストーリーか。

50年近い私の人生の中でも

間違いなく最高に幸せで、心が震えた瞬間の一つ。

この話を誰かにするたびに

目頭が熱くなるのを抑えられない。






<F氏>



私が所属する狩猟同好会を立ち上げたF氏。

その経験値や狩猟に対する真摯な姿勢には

誰もが一目置く存在だ。

自分の培ったノウハウを惜しげもなく後進に伝え、

若手の成長を何よりも喜ぶ。



私が狩猟を始めた年には

何度も一緒に猟に出てくださり、

私が仕留めた最初の一頭も

F氏のお力添えで、一緒に獲らせていただいたものだ。






ナイフメイキングに関しても、全てを教えていただいた。

何本もの美しいナイフを自作してきたF氏。

ブレードのラインを削り出すのに使うのは、

大半のプロのナイフメーカーが使っている

何十万円もするナイフ専用のベルトグラインダーではなく、

ホームセンターでも手軽に入手できる

一万円ちょっとのディスクグラインダーだ。

おかげで、私も大きな初期投資することなく

ナイフメイキングを始めることができた。






出費は抑えるが、完成度に妥協は許されない。

理想の使い勝手を想像しながら何枚もデザインを描き、

ボール紙で型を取って感触を確かめ、

厚さ5mmのATS34の鋼材を切り出し、

ヒルトは真鍮で整形。

ボール盤、帯ノコ、ディスクグラインダー、ベルトサンダー、

オイルストーン、耐水ペーパー、で切削や研磨、

白棒に青棒でバフ掛け。

文字通り手取り足取り教えていただきながら

気の遠くなるような行程を経て、

完成には実に1年半近くの時間を要した。



特に、ヤスリの番手を細かくしながら

ブレードを鏡面に仕上げていく過程では、

見ていただく度に「ここ、ここ、あとここも」と細かい傷を指摘され、

もう永久に鏡面磨きが終わらないのでは、

という絶望的な気分に何度陥ったことか。



しかし、そこまでして頑張り抜くことができたのは

このナイフにかける強い想いがあったからだ。






<キース>



カナダ・ユーコン在住の先住民、いわゆる、インディアン。

ターギッシュ・クリンギット族の、Keith Wolfe Smarch。



出会った当初に彼に投げかけられた言葉は

シンプルながらに私の心を貫き、

そして未だに刺さったままだ。



“Hey, life is once.

Yeah, you gotta do want you wanna do.”



キースと出会って以来、私の夢は

“インディアンになる”こと。

他人から見たら意味不明且つ荒唐無稽。

一生をかけても可能なのかさえ分からない。



しかし、よしんば叶わなかったとしても、

こんな素敵な夢を見続けられている自分の人生を

私は大いに気に入っている。





クリンギット族の大切な三つの掟。

“Caring, Shareing, Be kind.”

思いやり、分かち合い、心優しく。

インディアンになりたい私にとって

その実践の一つが、自作のナイフだった。



彼らには“ポトラッチ”という風習がある。

地域の皆を招待して開く大きなパーティーのことだ。

何年もかけて蓄財し、それを全て振る舞って一文無しになる。

それが彼らにとっての最大の名誉。

“最も大切なものこそを、人に捧げる”

というSharingの教えを実践するものだと私は解釈している。



1年半に渡る歳月と、多大な労力を費やした一本目のナイフ。

それを師と仰ぐキースに使ってほしいと心から思っていた。

丹精込めて作ったナイフをキースに手渡す時、

私は少しでも憧れのインディアンに近づけるような気がしていた。

だからこそ、一切妥協はしたくなかった。





もう何年前のことかも忘れたが、

キースに「俺の名前を漢字で書いてくれ」

と言われたことがある。

外国人から受けがちなリクエストだ。

結局選んだ漢字は「喜巣」。

キースのインディアンネームは“Shakoon”。

英語にすると“Mountain Bird”

更に和訳すると「山鳥」。

当時は篆刻が趣味で、「山鳥喜巣」と彫った。

Mountain Bird’s Nest of Joy

という意味だと言ってプレゼントすると、

ビジュアルも意味もえらく気に入ってくれた。






そこで、今回のナイフにも

「山鳥喜巣」の銘を入れたいと思った。



ここで大きな問題にぶち当たった。

私は字が極めて下手なのだ。

筆跡は小学生から変わっていないし習字も大嫌い。

しかし誰かに書いてもらうのは絶対に嫌だった。



ナイフが完成に近づいてきたある日。

私は衝動的に机に向かった。

22時頃だったと記憶している。

最初に青い筆ペンで試し書きした「山鳥喜巣」を見て、

のっけから絶望的な気分になった。






ネットで書道家の文字などを画像検索する。

カッコイイなぁ、とつぶやきながら

俺には絶対無理だ…と気が遠くなる。



諦め半分、墨汁と筆を引っ張り出し、

何度も何度も、ひたすらに同じ四文字を書き連ねる。

すると、驚いた。

徐々に様になってきているではないか。



少し上達すると欲が出る。

面白みが足りないのだ。

師と仰ぐキースの銘を入れる為に

何か特別な符牒を盛り込みたい。



そこから長考が始まった。

悩んだ末に頭に浮かんできたのが

百人一首にある柿本人麿の一句。

「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の

 長々し夜を ひとりかも眠む」

いにしえより、日本では

山鳥の象徴といえば尾羽の長さであった。



更に色々調べると、

年老いて尾羽が長くなって

節の模様が十三節を超える山鳥には霊力が宿るとか、

三十三節ある山鳥の尾で作った矢は鬼をも倒すなど、

色々な言い伝えもあることが分かった。



キースに銘に刻む山鳥は

特別に尾羽の長い山鳥としたい。

それを文字でどう表現するか。

そこで「山」の一画目の縦棒を尾に見立て、

思い切り長く伸ばしてみた。

途端に文字が急に本物の鳥になり、

尾羽をたなびかせて翔び始めた。

これだ。



そこからは迷いがなくなり、再び揮毫に没頭する。

徐々にイメージに近くなってはいくが

「山」が良くても「鳥」が駄目、

「喜」が上手でも「巣」が下手、

と言った具合で、

四文字全てが納得いくレベルに達しない。



気に入った字だけを選び出して画像編集ソフトで並べて

位置や大きさのバランスを整えれば話は早いのだが、

あいにくそんなソフトは無いし

パソコンは書道以上に苦手だ。






私には、四文字全て、きちんと書ききるしか

手段は無いのだ。

空が白み、眠さに朦朧としながらも

手の動きは止まらない。



そして朝5時過ぎ。

一気に目が覚めた。

目の前にある四文字は、

とても自分が書いた字には見えない。



山鳥の尾のように長い夜を独り、

眠らずに飛び続けた末、

奇跡は起きたのだ。






最早このナイフは、単なる道具ではない。



無機質な鋼の刃に、霊力が宿った瞬間であった。





〜後編に続く〜



フォーム

CONTACT

お問い合わせやご相談はこちらから。
お気軽にご連絡ください。