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解体講習




日曜は、私が所属する狩猟団体の解体講習だった。

肉は可能な限り全てを持ち帰り、きちんと命を頂く

という理念を徹底している私たちは、

どのように解体すれば

一番綺麗に無駄なく肉が取れるのかをいつも議論していて、

後進にもその技術を伝えるように心がけている。



しかし言うまでもなく、解体講習を行うには

まずは鹿を獲らなくてはならない。

我々は前日の土曜から準備を始めた。



私を含め、罠猟の狩猟者登録をしているメンバーは3人。

土曜に鹿の獣道に罠を仕掛け、日曜朝一番で見回る。

罠にかかっていれば、その個体を使って解体講習。

かかっていなければ、銃で獲る、という算段だ。





土曜午前。

銃は持たず、罠を担いで山に入った。

この山域には木曜日に来たばかりだが

たった二日間の間に雪の量は驚くほど減っていて、

鹿の動きも相当変わっているように見えた。

いつもなら濃い獣道がついているポイントには

大きめのオス一頭が往復している足跡があるだけだった。



海に面した、別のポイントもチェックしたところ、

そこでは鹿の群れが確認できた。

鹿は完全に移動しているわけではない。

少しほっとした。

海風が雪を吹き飛ばし、

更に日当たりの良い崖沿いの雪が溶け、

そこで露出した草を食べているようだ。

麓の木々の皮も剥がされており、断面はまだ緑色。

きっと昨晩食べたものだろう。

ずいぶん前に同じスポットを歩いた時も、

海に近いラインに鹿の寝床が集中していた。



今夜、鹿はどこを歩くだろう。

鹿になったつもりで必死に考える。

結局、リッジラインから森の中へと獣道が曲がるポイントに

二つの罠を仕掛けた。

昼間、海沿いの斜面に隠れていた鹿が

夜に食べものを求めて山を下り、

餌場を直前にして警戒心が薄れたあたりで罠に脚を取られる、

というイメージだ。






仕掛けた罠を慎重に雪で覆う。

丸見えだと鹿に見つかってしまうし、

深すぎるとバネが凍りついて作動しない。

いかんせん経験値が少ないので塩梅がよく分からない。

できるだけうっすらと雪をかけて隠すが、

この日の午後に、更に雪が溶けるであろうことを考え、

少しだけ雪を足した。



山を降り、それぞれで罠を仕掛けている仲間が

下ってくるのを待つ。

すると、銃を担いだハンターが山の端から現れた。

私と同じ、北海道の山岳専門店製の

年季の入ったゾンメルスキーを履き、

ストックは竹製。

腰にロープをかけて大きな袋を引きずっている。

単独忍び猟のハンターが、山中で鹿を獲り、

袋に入れた肉を牽引しながら下ってきたのだ。



話しかけてみると、なんと御歳73歳と言う。

驚いた。

相当に体力を消費する忍び猟。

自分はいくつまでできるのだろうかと思っていたが、

73歳でも独り飄々と山を歩き、

鹿を獲ってくる大先輩がいたのだ。

更に熊なども忍び猟で仕留めているとのことで、

300キロオーバーのオスの写真も見せて下さった。



もう何十年も使っている竹製のストックには

真ん中にゴムが巻かれている。

遠距離射撃の際に銃を安定させるために、

ストックをクロスさせ先台を置く時、

カチカチ音が立たないための工夫だと言う。

鹿を引っ張る袋は

ブルーシートをミシンで袋状に縫ったお手製で、

滑りを良くするために

ツルツルのビニールを貼り付けてある。

私も今季から自分なりの工夫で

ブルーシートに鹿肉を包んで引きずる手法を試しているが、

雪の抵抗はこの方の袋の方が少なそうだ。

経験から導かれた工夫の数々に感服する。



そして翌日の日曜日は、

射撃場に射撃訓練に行くと言う。

実猟だけでなく、日々の基礎的な鍛錬も怠っていない。

淡々と、やるべきことをきちんとやる。

その積み重ねが、体力と気力を横溢させているのだろう。

私も斯く在りたいものだ、と思う。

佳き出会いであった。





翌日。

早朝に現地集合した同好会の面々。



まずは罠の見回りをするが、

もしそこに土曜と同様に鹿の群れがいれば、

きっと稜線を上に逃げる。

その一部は斜面をトラバースするものもいるかもしれない。



そこで、まずは銃部隊に先行して

山の奥から海に向かって進んでもらい、

見晴らしの良い位置に並んでもらう。

その後、罠部隊が罠を回収しに向かい、

かかっていればそれで良し。

失敗していたら、鹿の群れを追い立てる、

という作戦に出た。



銃部隊が出発してから約一時間後、

罠部隊が見回りに出発した。

私は罠担当だが、

この日は私も銃を持った。

とにかく誰かが獲らないことには解体講習はできない。



ゆっくりと進んで行くが、鹿の姿はない。

罠のところまで登ったが、

一つは空弾きされ、

一つは完全に凍りついていて動かなかった。

罠が弾かれている、ということは

多分鹿が踏んだのであろうとは思うが、

凍結によって動作が緩慢だったのか、

仕掛けたポイントが微妙にずれていたのか、

あるいは何か他の要因で捕獲に至らなかったのか、

罠をよく観察しても、結局分からなかった。



罠を回収後、銃部隊に無線連絡を入れ

海に面した崖沿いに斜面を登リ始めた。

幸い、銃部隊の内の1名は崖の頂上付近にいる。

私が群れに当たり、上に逃げれば彼が撃ってくれるだろうし、

私と彼に挟まれたと気づいたら、

鹿は狙い通りに斜面をトラバースし、

多くの射手が待ち受ける開けた斜面に走り出るはずだ。

あとは、予想通りの場所に

鹿の群れがいてくれることを祈るばかりだ。



少しでも鹿ではないかと思えるものは

片っ端から双眼鏡で覗いて確認していく。

木の幹から突き出た鹿の腰のようなもの、

藪の上に突き出した鹿の耳のようなもの。

ゆっくりと斜面を進んで行くと

濃い藪の中に茶色い鹿の胴体のようなものが見えた。

双眼鏡でチェックするがよく分からない。

銃のスコープは双眼鏡より倍率が高いので、

銃を肩から降ろして構えて覗く。

しかし、全く動かない。

土が露出しているだけなのだろうと思った瞬間、

少し離れた所で何かが僅かに動いた。

照準を合わせると、

頭を下げて足元の草を食べている鹿だった。

体は藪に隠れ、断片的にしか見えていない。

よく見ると、三頭ほど確認できる。

まさに私がイメージしていたライン上に

群れはいたのだ。

無線のトークボタンを押し、

鹿を発見した旨を銃部隊に小声で伝える。



藪が濃い急斜面での撃ち上げ。

膝をつくと鹿の姿は全く見えない。

幸い鹿は私には気づいていないが

スノーシューで歩くと

ザクザクと大きな音が立ってしまう。

そこで、四つん這いになり

鹿の死角となるように太い木の幹の延長線上のラインを

膝と肘とを地面につけてジリジリと進んで行く。

距離を詰めたところで、少しだけ横にずれ、

潅木の幹から出た枝の上に銃を乗せて構えた。

鹿は相変わらず濃い藪の向こう側。

重なる小枝の僅かな隙間を狙い、引き金を引いた。



「ダーンッ」と響く音。

しかし、どの鹿も全く動かない。

反応が無いという事は、かすりもしなかったという事だ。

藪が濃すぎて、どこか手前で跳弾してしまったのだろう。

鹿たちが銃声に気付いていない訳はない。

そのまま息を潜めて、次なる動きを見守る。

すると、そろりと一頭が動き出した。

あたりを警戒しているが、

私が見えている訳ではないようだ。

藪の隙間を頭が通過。

そして背中が露出した瞬間、

二発目を撃った。

一頭がもんどり打ってよろめき、

他の鹿たちが走り出す。



十頭以上の群れが、海から山奥へと斜面を横に走って行く。

まさに想定通りだ。

「今からそっちに鹿が出るぞ!」と無線を入れ、

私は大声を上げながら斜面を駆け上がる。

あっという間に視界から消える群れを見送りながら息を整える。

すぐに銃声が鳴り響くかと思いきや、山は静かなままだ。

一体どうした事か。

後で聞いたところ、崖の上に登った一人を除いて

銃部隊はかなり標高が低い場所に陣取っていたようで

結局誰も発砲には至らなかったそうだ。





血痕を辿ると、すぐに倒れた雌鹿を見つけることができた。

なんと、海に面した崖側に20メートルほど下った所で

細い木々に引っかかっている。

海まで落ちてしまわなくて本当に良かった。




仲間に一頭を仕留めたことを報告して応援を要請、

スノーシューを外し、ロープを持って止め刺しに向かう。

喉元からナイフを入れ、動脈を切る。

そして頭を下にして更に放血を進めようとした時、

鹿が滑り始めた。

慌てて後脚を掴む。

2メートルも引っ張り上げれば

胴体を木に引っ掛けることができるのだが、

どうしても上がらない。

片手に鹿の後脚、片手に無線で

「やばい鹿が落ちる、一刻も早く来て」と

SOSを発信する。



しかし待っていても仲間は来ない。

このままでは握力が持たない。

自分で何とかしなくては。

全体重を細い潅木に預け、

精一杯鹿を引っ張り上げて片手で押さえつけ、

もう片方の手と口を使ってどうにか後脚にロープを巻きつけた。

ブルブルと震える手で、そのロープを潅木の幹に引っ掛けると

幹を挟んで鹿と反対側に自分の体重を預ける。

これでとりあえず鹿が転落する心配はない。

肩で息をつきながら大声でわめき、

簡単には見えないであろう自分の位置を仲間に伝える。

しばらくして崖の上から見慣れた顔がのぞいた時には

心底安心した。

上から3人がロープを引き、私が下から鹿を押し上げ、

何とか引っ張り上げることができた。





解体講習の講師は、若手が務めた。

別団体が主催する解体講習にも熱心に通い、

最終的にどれだけ肉を美味しく仕上げるかを

日々研究している彼なりの理論。

この猟期が始まった頃には感じなかった頼もしさがあり、

私も学ぶところが多く、有意義な講義となった。



人数が多いため、肉は細かく全てを取る。

例えば頭で言うと、タンだけではなく、

頰肉や、珍味である脳まで。

メスならではの乳房。

尻尾の肉も試食したいと持ち帰るメンバーもいる。

ここまで余すところなく食べられれば

この鹿も許してくれることだろう。





私は一人、インディアンの師匠・キースの教えの通りに

雌鹿の気道を枝に刺して再生を願い、

感謝の祈りを捧げた。



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