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熊五郎と俺 〜馴れ初め〜




〜〜〜

熊五郎よ。



ここしばらく、お前の事ばっかり考えてきたんだ。

会いたくて、会いたくて、恋焦がれ。

夢には何度も出てきてくれたけど、

実際に俺の前に姿を見せてくれたことはないよな。



でも俺だって、なんとなく分かってはいるんだ。

お前はきっと、

木の影や笹藪の中、稜線の向こう側とかから、

俺のことを見てたんだろ?

不器用にガサガサと音を立てながらしか歩けない

二足歩行のヘンテコなサルのことを、

静かに息を潜め、静もった眼差しで、ずっとさ。

俺の動きなんて、お前から見たら全てお見通しってこと。

そんなヤツがお前に会いたいとか言ってても、

チャンチャラおかしくて笑っちまうよな。



これって俗に言う、片想い、ってヤツなのかね。

でもやっぱさ、お前はもう、

俺の頭の中に完全に居着いちまってるしさ。

諦めらんないし、諦める気もないんだよな。

こう見えて俺、結構一途なんだわ。



いくら笑われても仕方ないけどよ、

それでもいつの日か、

お前に会える日を心待ちにしているぜ。

〜〜〜






10月16日、母子熊を撃ってからしばらく、

山から熊の気配が途絶えた。

この冬、ここにはもう熊は入らないのではないかとも思ったが

そんなはずはないと思い直し、同じポイントに通い続けた。



次にようやく痕跡を見つけたのは10月29日。

また別の母熊のものだった。

私が見つけた足跡は一つだけ。

老練な熊だったのだろう。

山を上がっていく私をやり過ごした直後、

完全に爪を上げ、柔らかい肉球だけで

そっと土を踏んで林道を横切っていた。

クマがいない、と失望しながら歩いている私を

至近距離からずっと観察していたのだろう。

そこから少し森に入ったトドマツには

新しい子熊の爪痕もついていた。

子熊は体重が軽すぎるからか

足跡を見つけることはできなかった。



そしてまた、熊の気配が無い日々が続く。

無理矢理ハーフライフル銃で散弾を撃って

初めてのエゾライチョウを仕留めたり、

その発砲音に驚いて出てきた鹿も獲ってしまったり、

色々と面白いことは起きたが、

全体を俯瞰して見ると、山は静まり、

肝心な熊との出会いはなかった。



川沿いに伸びた林道の奥に

次の痕跡を見つけたのは11月14日。

母子熊を撃ってから

丁度ひと月ほど後のことだった。



ヤマブドウのフン。

そして、そのそばに足跡。

大きい。

左前足の肉球の幅を測ると

16センチ強。



前足の幅が15センチ以上はオスだという。

こいつは確実にオスだ。

母子熊を撃ち、次はオスを狙いたかった私の心は踊った。

地形をきちんと分かっているゾーンに入ってきた

念願のオスのヒグマ。

私は勝手に「熊五郎」と名前を付けた。

そしてその日から、

熊五郎との出会いを切望する日々が始まった。



数日後。

山にハラリと雪が降った。

それまでは湿った土や泥の上でないと

確固たる足跡は残らないが、

雪が降れば状況は一転する。



心を躍らせて入山する。

歩き始めてすぐに見つけた足跡。

左足サイズを測って確認する。

間違いない。

熊五郎だ。

そして、新しい。



出会うなら、向こうが気付いておらず、

できれば斜面の下や、

浅い谷を挟んだ反対側の斜面など、

安全で確実に仕留められる状況が良い。

距離も大切だ。

遠いと当たらないし、

近すぎると、反撃された時に

次弾を込め直すこともできない。

理想は50メートルといったところか。

笹藪の中で急に顔を付き合わす、などはまっぴらごめんだ。

しかし、自分でコントロールできることなど

たかが知れている。

とても撃ちたいが、絶対に殺されたくはない。

自分の中ではこの感情は矛盾したものはない。

会いたいし、会いたくない。

二律背反する願いを目一杯に抱えたまま、追跡を開始した。



森の中に入らず、

林業用に整備された林道上を素直に登っている。

移動には最も楽なルートを使っているようだ。

数日前に見つけたヤマブドウがたくさん入った熊五郎のフン。

私にはこの山のどこに

まだヤマブドウが残っているのか見当も付かないが、

熊五郎はそうしたポイントを知り尽くしているのだろう。

フラフラと寄り道もせず、

一定のペースでゆっくりと歩き続けている。



周りばかりを見ていると

足跡を踏んでしまいそうになり、

慌てて横に飛ぶ。

足跡はハンターにとって貴重な情報源であり、

そのデータを自ら消去するようなことは

あってはならない。



しかし、それだけではない。

熊五郎の足跡を踏むのは、

彼の足を踏みつけるような気がして畏れ多く、

気が引けてしまうのだ。

足跡だけであっても、強烈なオーラを放つのが、

ヒグマがキムンカムイ、

山の神と呼ばれる所以なのだろう。

畏敬の念を持ってひざまずき、

そっと手を重ねる。

ついさっき、彼は確実にここにいたのだ。

目を瞑り、たくましい体躯を思い浮かべる。

自分と熊五郎の肉体が重なっていくような気持ちになる。

私も熊になりたい。

こんな気持ちになれるのが

私にとってはこの上もない幸せだ。



熊五郎の気持ちになって森を見たい。

目を開けて周りを見る。

いつもより目線が低くなるだけで、

見えるものは変わってくる。

そして圧倒的に土が近い。

普通に歩いていると、足の裏でしか土を感じないが

四つん這いになると地面からの情報量が格段に増す。

土の匂いを嗅いでみる。

熊なら、足跡だけからもきちんと相手の匂いを嗅ぎ当てるのだろう。

熊五郎を嗅覚でも感じ取りたい。

しかし、足跡に鼻を近づけていくら息を吸い込んでも、

鼻から彼の姿は見えてこなかった。



しばらく行くと、足跡が急に林道から逸れ、

斜面を登っていた。

鹿もよく使っている獣道だ。

その獣道は一度辿ってみたことがある。

少し上に行くと、昔の林業の細い作業道に合流し、

尾根筋へと登っていく。

そのあたりの植林されたトドマツの幹には

新しくはないが、たくさんの熊の爪痕もある。

昔からヒグマがよく利用するゾーンなのだろう。



私はこのまま獣道を上がり、

追跡を続けるべきなのか。

悩む。

恐怖心からではない。

獲りたくてたまらないからだ。



北海道の師匠F氏が常々言っていることがある。

それはクマの邪魔をするな、ということだ。

危険や違和感に敏感なヒグマ。

F氏は林道から外れたクマの足跡を追うとき

ずかずかとそこを歩きはしない。

遠くからスコープでじっくりと観察して進路を見極め、

熊がどこに向かって歩いたのかを考え抜くのだ。

自分が安心して歩くエリアに

人間が入ってしまうとヒグマは嫌がる。

すると、人間が絶対歩けないような

険しいルートを歩くようになる。

また、1日に何十キロでも歩ける彼らにとって

生活の場を隣の山に移すことなど造作もないことだ。

するとハンターは

もうその熊を追うことはできなくなってしまう。



ストレスを与えずに熊をそこに居付かせ、

獲れる状況を作り出す。

F氏は「熊を引っ掛ける」という言葉を使う。

人間の体力や登攀能力、聴覚に嗅覚、

どれも熊には遠く及ばない。

その熊を獲るにはまずは彼らを安心させ、

気が緩む瞬間を作り出す必要があるというのだ。



さて、この状況で熊五郎を「引っ掛ける」には

一体どうしたいいのだろうか。





長考に入った。





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