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最短の狩り




この日は飲食店関係者二名を、猟にお連れした。

一人は日本酒を提供するお店の経営者S。

もう一人はイタリア・トスカーナ料理レストランの

オーナーシェフD。

一度食べに行かせてもらったことがあるが、

丁寧なお仕事ぶりがとても印象的なお店だった。



天気予報は雨のち雪。

パラパラと雨が降っている。

雪は全く気にならないが、雨は濡れるので辛い。

猟場に着くまでのルートで見た鹿は三頭。

いつもより全然少ない。



夜明け。

現場に到着して私はゾンメルスキー、

お二人はスノーシューを履いていただき歩き始める。

雨が強くなり、気が重い。



いつもチェックする、

集落を挟んで遠くに見える

開けた斜面を双眼鏡で覗く。

高確率で鹿が出るポイントだが

一頭も見えない。

やはり雨を嫌がっているのだろうか。



雪が降る時などは、鹿はトドマツなどの針葉樹の林に入る。

冬の間も茂った常緑の葉が

雪を遮ってくれるからだ。

雨を避ける時も同じことをするのではないか。

広葉樹がメインの林の奥に

針葉樹が広がるポイントがいくつかある。

今日の鹿はそこにいるのではないか、

というのが事前の予想だった。



とはいえ、歩き始めてすぐのところにある

笹の葉や木の皮の食痕が多い、開けたポイントも

一応はチェックしておこう、

と慎重に覗いてみると、いきなりいた。



体をかがめて膝をつき、すり足で前進する。

ゆっくり頭を上げる。

先頭の鹿が走り、群れが動き出した。

しかしそんなに慌てて逃げる様子でもない。

チャンスは十分にある。

弾を装填する。

すると、小柄な鹿がゆっくり姿を現した。

群れの仲間が走っているのが

人間に驚いたからだということが

いまひとつ分かっていないようで、

トコトコと歩き、足を止めた。



一閃。

姿を消す鹿。

歩き始めて10分も経っていないだろう。

今期で最もあっさり獲れてしまった鹿だ。



奥に走ったかと思ったが、

崖から転落していた。

かなり急だ。



スキーを脱ぎ、吊り解体用のパラコードを出す。

滑車を吊るためのものと、鹿を上げるための2本のロープ。

立木に括り付け、それを頼りに坂を下る。



スノーボードの達人で身軽なSが

真っ先に鹿に近づく。

すると鹿は足をバタつかせ、斜面を滑り始めた。

下までは落ちないでくれ、と願う。

なんとか数メートル下で止まってくれた。


ゆっくりとそばに寄る。

今期生まれの仔鹿、メス。

弾はネックの根元に入っていたが

頚椎を完全に破壊しておらず、

体の自由は奪われても意識はある状態だった。



止め刺しのナイフはシェフのDに入れていただく。

まだ意識のある鹿にとどめを刺すのは

精神的にきつい。

それが初めての止め刺しなら尚更のことだ。

しかし、肉を扱い慣れているシェフのナイフは

的確に動脈を貫いたようで

大量の血が一気に流れ出た。

鹿の目から急速に光が消えていく間、

頭を撫でながら感謝の言葉をかける。



下降用に張っていたロープに

鹿の前脚をくくる。

自分達が転落しないよう注意を払いながら

二人が上から引っ張り、一人が下から押す形で

崖の上まで鹿を上げた。



手頃な木を見つけて鹿を吊り、

解体を始める。

さすがシェフの手つきは鮮やかで

飲み込みも早い。

Sも何かと気の利いたサポートをしてくれる。

私の動きをきちんと見て、

次に何が必要かを察知してくれている。

お二人のおかげで仔鹿は綺麗な肉になった。






本当は、その場で焚き火を熾して肉を焼き、

パニーニでサンドイッチを作っていただく予定だったが

雨は容赦なく体を濡らす。

シェフDの粋な計画は残念ながら実現しなかったが、

短時間で解体することができたのは本当に良かった。



肉の大部分は、

体力もあり年齢も若いSが背負ってくれた。

こんなにあっさり獲れ、

しかも仔鹿で解体も短時間で済み、

車までの運搬距離も短い。

有り得ないほどに楽な猟であったことを伝えると、

DとSにとっては十分にハードワークだったとのことだった。






猟場を引き上げ、昼前にはシェフのレストランに到着。

私はシンクの上に脚を吊って血抜きを続け、

肉についた細かい毛を丁寧にとっていく。



その間にDが準備してくださったのが素敵なランチ。

こだわりの粉を練り上げた手打ちパスタ。

慣れない体験で疲れているはずなのに、

心のこもった一品を作ってくださった。

三人での会話も弾み、

冷えた体が一気に温まる。






そして早速、鹿肉を試食。

フランボワーズビネガーと合わせるあたりは

さすがイタリアンシェフの発想だ。

私にはどう逆立ちしてもそんな引き出しは無い。



鹿肉をゆっくり噛み締めいたDが

静かに口を開いた。



「すごい食材です。

 ありがとうございます。」



もともと饒舌なタイプには見えないD。

短い言葉の中に、ずしりと重い実感が込められていた。



料理に人生を賭けてきたDから

最高の言葉をいただくことができた。



こちらこそ、ありがとうございました。



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