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山鳥




地面からそれを掬い上げた途端、

種火を包み込んだ麻のほくちを持つように

掌がカッと熱くなった。

極上のダウンをびっしりと纏った体。

魂が抜け出したばかりで、

命の熱はまだ去ってはいない。



エゾライチョウ。

北海道では昔から、山鳥と呼ばれてきた。

(本州に生息するヤマドリとは別種)

去年の11月、初めて仕留めた獲物だ。



肉は白身で、赤身のカモ類と違ってクセがないため

狩猟が許されている鳥の中では、最も好みの味だ。

これまでも何回か遭遇しているが、

行動パターンが読めず、神出鬼没だと思っていた。

ところが、山を歩くと必ずと言っていいほど

エゾライチョウに出会うポイントを見つけた。



そもそも鹿と鳥では、使用する弾が違う。

鹿は、スラッグ弾という重い一発弾で撃つ。

鳥には、何十発もの小さな弾がバラバラと飛び出す散弾を使う。



銃も本来は違うのだが、

鹿用の銃でも、散弾を撃つことはできると聞いていた。

ただし、コツがあるという。

鹿用の銃は、銃身の内部に、

ライフリングという螺旋状の溝が切ってあるため、

弾が回転しながら飛び出していく。

一発弾は、この回転によって直進性を増すのだが、

散弾の場合はバラ弾がドーナッツ状に広がっていってしまうらしい。

なので、スコープのセンターに獲物を捉えると

ちょうどそこが弾の空白地帯になってしまうという。

「だからさ、少しだけずらして、ちょっと下とかを狙うんだよ」

と先輩が言っていたのを思い出す。



重い銃を2丁も担いで山を忍ぶのは無理だ。

鹿用の銃で狙うことにし、装備に散弾の実包を加えた。



いつも歩くコースをゆっくりと進む。

林道の突き当たりまで歩いたが、

鹿にもライチョウにも出会わない。

がっかりして足早に下山していると、

急に「ボロロロロロ」と低い音が響いた。

エゾライチョウの羽ばたきだ。

アイヌの言葉で、エゾライチョウはフミルイ。

「その音、はげしい」という意味らしい。

名前の通りの迫力ある羽音に、思わず身がすくんだ。



見事な保護色のライチョウは、

動いた時のシルエットか、羽音でしか、

存在に気づくことはできない。

この時は、ちょっと離れた枝の上に堂々と止まってくれた。



慌てて、ベルトの弾差しから散弾を抜き出し装塡する。

スコープを覗くと、いつもの癖でセンターにライチョウを入れてしまう。

いかん、いかんと少し銃口を下げるが、加減が分からない。

結局、枝を掴んでいる足の辺りを狙って引き金を引いた。


呆気なく、ポロリと枝から落ちるライチョウ。

射撃の腕が良かったから命中したのか、

あるいは逆に悪かったからこそ当たったのだろうか。






直後、思わぬ出来事が起きた。

斜面下の谷筋。

視界の端で笹藪が微かに揺れた。

ライチョウはペアでいることが多いが、

もう1羽出てくるのだろうか。

息を潜め、じっと待っていると

頭を突き出したのは鹿だった。



歩いている時は、そこに鹿がいるのには

全く気付かなかった。

笹の下に身を隠して寝ていたのが、

大きな音に、叩き起こされたのだ。



メスが2頭。

谷の中で音が反響したからか、

銃声が発せられた方向は分かっていないようで、

キョロキョロとあたりを見回している。

しばくすると、ゆっくりと斜面を登り始めた。

絶好のチャンス。

銃に鹿用の弾を込め直し、

体が完全に見えた瞬間に仕留めた。

頻繁に山に入っていれば、こんな幸運も訪れるのだ。






目の前に並んだ、ライチョウとエゾシカ。



ライチョウは、掌にすっぽりと収まってしまう。

重さは400グラムほどだ。

メスジカは、小ぶりとはいえ、体重は私と同じくらい、

60キロは下らないだろう。

純粋に重量だけを比べると、差は150倍にもなる。

しかし、この小さな鳥に宿る命の重さは

大型獣の、そして私自身のそれと、なんら変わりはないはずだ。






横たわる獲物を前にして、とても不思議な気持ちになる。



体毛に覆われた四つ脚の鹿、

二足歩行の裸の猿、

羽毛に覆われ翼を持つ鳥。



力強く大地を駆ける鹿、

思考に特化していった猿、

大空を舞う能力を持つに至った鳥。



姿形も、用途も、全く違った体と能力を動かしているのは、

私たちが「命」と呼ぶ、

目に見えず、実態も掴めない不思議な存在だ。

いや、もしかすると、

命自体は、存在ではないのかもしれない。

エネルギーなのか、単なる概念、なのか、

いくら考えても分からない。



小さな鳥の魂は、

私に果てしなく大きな問いを投げかけたまま、

山神のもとへ還っていった。





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