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吹雪の中の単独猟




久しぶりの、一人きりの猟。

いきなりの失態をおかした。



夜明け直後が鹿を撃つ最初のチャンス。

しかし私は完全な夜型人間で、早起きは大の苦手だ。

ここしばらくはいつも同行希望者がいて、

彼らに一番活発な状態の鹿を見せたい、という気持ちから

無理矢理起きていたが、この日はなかなか起きることができない。

目覚まし時計のスヌーズ(Snooze=うたた寝)機能というのは

一見便利なようで、危険な落とし穴だ。

起床するためのものではなく、

際限なく二度寝を楽しむための機能のようにも思える。



5時半に目覚ましをかけておきながら、

ようやくベッドから出たのは7時半。

大急ぎで準備をしても、

出発は8時過ぎという体たらくであった。



久しぶりの単独行なので、

同行者のために鹿を獲らなくては、というプレッシャーはない。

その分、鹿が獲れなくてもいいので、

これまでやってみたかったことを

色々と試してみようと思っていた。



この日は各地で天気が大荒れ、吹雪の予報。

であればちょうどいいと、

以前から試してみたかったスキーでの狩りに

挑戦してみることにした。



使うのは、踵が固定されていないゾンメルスキー。

裏にはアザラシの毛が貼ってあり、

毛並みに沿って前には滑るが、後ろには滑らない。

通常のスキーではプラスチック製の硬いブーツを使うが

ゾンメルスキーは普通の登山靴を履く。

足首がどうしようもなくグラグラする。



以前、新雪の中の鹿を回収するとき、

大先輩のものを借りて一度つけたことがあるが、

転びまくって大変だった。



雪が深いと、長靴だけでは膝上、

下手すれば腿まで雪に埋まってしまって歩けず、

猟にならない。

スノーシューは履きやすいのだが、

新雪であればそれなりに沈むし、

雪が締まっていればザクザクと音が立つ。

ゾンメルスキーの最大の魅力は静かなことだ。

これを使えば、鹿に気付かれずに

忍び寄ることができるはず。

獲れなくてもいいので、その練習をしようと思った。






選んだのは、雪が深い日本海沿岸の猟場。

車を降りると、強い西風が吹き付けてくる。

容赦無く奪われる体温。

早く、森に入らなくては。



普段は林業用のスパイク長靴を愛用しているが、

この日は登山靴に履き替え、

ゾンメルスキーを履いてみる。

バックルを相当堅く締めないと

緩むことが予想されるが

なかなかうまくいかない。

四苦八苦して、

とりあえず大丈夫と思われるレベルに締め、歩き始める。

動いて動いて、体を温めてゆく。



表面が凍った硬い雪面の上に粉雪が乗っていて、

それが強風で飛ばされ、

白い流れの中に立っているようだ。



スノーシューならば

足を下す度に硬い雪面を貫き

毎回足を上げるのが大変なはずなのだが

スキーであれば普通に足を前に出すだけで進める。

とても楽だ。



そして音も小さい。

スノーシューが「ザクッ ザクッ」なら、

スキーは「シュー シュー」という感じ。

これなら鹿に気付かれる回数も減りそうだ。



平地は問題なく歩いていける。

鹿の足跡を追って森に入っていく。

木々のおかげで風が弱まる。



この天候であれば、

よほど腹を空かせている鹿以外は

皆森の奥にいるはずだと考えた。



足跡は縦横無尽についていて、

どれを追えばいいのか見当もつかないほどだ。

まっすぐ森の奥に入っていってもいいのだが、

少し斜面を登ってみることにした。

森の奥のどこかに鹿が溜まっていると仮定して、

それを上から見下ろす形で狙いたいのと、

ゾンメルスキーの登坂能力を試してみたかったからだ。



出来るだけ開けたラインを選び、

坂を斜めにトラバースしていく。

ある程度上がったら方向転換し、

また斜めにトラバース。

徐々に高度を上げていく。



直登も試してみる。

アザラシの毛皮はとても優秀で、

アキレス腱が伸びきるくらいの斜度でも

しっかりとスキーをホールドしてくれてバックしない。

問題は私の足首の柔軟性の方だった。

20°くらいの斜面までは問題なく直登できそうだ。



上に行くにつれ、傾斜がきつくなっていく。

これ以上直登は無理そうだと思い、

斜面を改めて眺めると、鹿道もジグザグに進んでいた。

相当きつい斜度でも直登する場合もあるが、

概して藪が濃い場所の気がする。

木が密でない森の中では鹿もトラバースしながら

坂を上って行くのだ。

直登すれば距離は短いが体力は消耗する。

斜めに歩けば距離は長いが楽だ。

様々な条件を天秤にかけて考えた結果、

導き出されたコースには、

全てに理由があり、合理性がある。

山の歩き方は全て動物たちが教えてくれるのだ。






坂を登りきる。

ここからは森の奥を目指そうと歩き始めてすぐ。

木立の奥にぼんやりとした黒いシルエットを発見する。

二つ、ある。

雪がしんしんと降り、視界がぼやけて

輪郭を正確に捉えられない。

しばらく見ていたが全く動かない。

土が崩れたところが、

ちょうど鹿の形に似ていただけなのかもしれない。

注意深く歩を進める。

その時、片方の影がわずかに動いた。

やはり、鹿だったのだ。

頭を下げ、夢中で雪から出ている葉、

多分、笹を食べている。

頭は雪に隠れて見えないが、

体のサイズからしてメスだ。



スキーで歩いてきたおかげか、

二頭とも全く私に気づいていない。

落ち着いて膝をつき、弾を取り出す。

音がしないように、ゆっくりと銃のボルトを下ろし、

弾を薬室の定位置に収めた。

鹿はまだ頭を雪に埋めたままだ。

一頭に狙いを定めたところで、その肺に弾を送り込む。

驚愕して走り去るシルエットは一つだけだった。



回収するには浅い溝を超える必要があった。

底に降りて、溝を斜めに登ろうと足を踏み出した瞬間、

バランスを失って初めての転倒。

体重が後ろにかかりすぎると

全くコントロールが効かない。

マンガに出てくるように、

足を滑らせて尻餅をつく。



溝に溜まったふかふかの雪の中でもがく。

なんとか立ち上がるが

時間も体力もロスしてしまう。

スキーでは転ばないことが一番大事だ。

特に下り坂は要注意。



転ばないように慎重に

鹿が立っていた位置に近づく。

風が一層弱まる。

やはり坂や木々が最も風を遮る場所にいたのだ。

思った通り、小ぶりなメスだった。

感謝の言葉をかけながらとどめを刺す。






単独行なので、色々な事を

テストしてみようと思っていたこの日。

解体も、吊るしてではなく、

地面でやってみようと決めていた。

これまでも、鹿が大きすぎて吊れない時や

そばに適当な木がないときには

地面で解体したことはあったが、

12月の解体講習では

吊らずに地面できちんと解体する方法を学び、

やってみたかったのだ。



2週間後には、私が所属する狩猟団体の

解体講習が行われる。

新人の多くは、山の中で鹿を吊るす

ホイストやプーリーを持っていない。

彼らに、まずは地面で

きちんと解体する技術を教えたい。

そのためには、自分で一度やってみる必要があった。



また、荷物が軽くなるというメリットもあった。

正確に測ってはいないが、

鹿を吊るす道具一式は

多分1キロくらいにはなると思う。

それが要らなくなれば、

少しでも深く森に入れる。

1キロ分、肉を多く持って帰ることができる。

道具は少なければ少ないほど、

自由度は増していくのだ。



吊り解体と地面解体の最大の違いは

肛門を抜くかどうか。

吊りの場合は肛門をぐるっと切り抜き、

吊るした後に腹腔側から直腸を引き抜く。

地面の場合は肛門は抜かず、

鼠蹊部の筋肉を外していき、

恥骨部分が露出したところに

ノコギリを入れて骨盤の腹側を外す。

まるで蓋を開けるようにして、

直腸を露出させる。



時間的に言うと、

鹿を吊る仕掛けを作り、

肛門を抜いて結索する手間がない分、

地面解体の方が早く作業が進む。



しかし、肉に毛は付きやすい。

これは、私の技術が上がっていけば

より改善していくことかもしれないが。

また、雪で地面が覆われている時期はいいが、

積雪前の季節では、土や落ち葉で

肉が汚れてしまうだろう。

また、血の抜けは、鹿が常に頭を逆さにしている

吊り解体の方が良い。

地面で解体した後脚の動脈からは

少し血が垂れてくる。

体から取り外した後に枝に吊るし、

脛からモモへと肉を揉み、

血を絞り出していった。


基本的には、

10〜11月は吊り解体、

12〜3月は地面解体、

が正解な気がした。





解体をしているとすぐに集まってくるカラスやトビ。

「早く解体しろ」「遅い遅い」とガーガーうるさい。

そんなに焦せらせるなとも思うが、

寒さをしのぐために栄養が必要な彼らとしては

待ちきれないのも当然だ。



そのカラスが一斉に飛び立った。

何かが近づいてきたのだ。

別の鹿か、ハンターか。

体を起こして周囲を見回すが、何もいない。



ふと足元を見ると、

人間でいう踵の先の部分を外したものがない。

視界をよぎる黄色い影。

キタキツネだ。

何かを咥えている。

解体中の鹿の脚の先端を掠めていったのだ。

その後もずっと、そばをウロチョロしている。

解体中にここまでそばに来られたことはない。

雪が深くなり、キツネも相当に腹が減っているのだろう。



この寒さの中、山に入って鹿を獲った私と

その鹿肉を狙うキタキツネ。

奇妙な親近感を覚えた。

キツネも私も、この鹿を食べる。

同じ鹿の肉から力をもらい、

今日を生き抜き、明日へと命を繋ぐ。

同じ鹿の肉が私たちの体を構成していく。

鹿の命を共に引き継ぐ兄弟だ。



肉を投げ与えてしまっては餌付けになってしまい、

それはやってはならないことだ。

しかし、恐る恐る忍び寄ってきて、

残りの脚の先端や小さな肉片を掠めるキツネを、

私は見て見ぬ振りをしながら解体を進めた。






弾が入ってしまった前脚一本をのぞき、

脚三本にロース・ヒレ、バラとネック、

ハツにレバーにタンをパッキングして背負う。

これを慣れないスキーで運ばなくてはならない。

しかも帰りはずっと下り坂だ。



スキーにはある程度自信があるが、

踵が浮いているゾンメルスキーは全くの別物。

腰を落とし、ソロソロと歩き始める。

少しでも滑り始めるとすぐにスキーをハの字に、

プルークボーゲンのような姿勢をとるが

踵がグラグラで踏ん張りがきかない。

力を入れると靴がスキーからはみ出し、

エッジを立てることができない。

スピードが出てしまい、後傾になると

あっという間にまたスッテンコロリン。



荷物が重い分、行きよりも帰りに転ぶ方が

ダメージは大きい。

新雪にあおむけのまま埋まる。

ジタバタしても起き上がれはしない。

まずはあおむけのままバックパックを肩から外す。

そばに都合よく掴まれる木などない。

手をついても際限なく沈む。

ストックをまとめて十字にして雪に起き、

そこに手をついてなんとか上体を起こす。

大切な銃も雪まみれだ。

ようやく尻をあげたと思うと、

またスキーが滑り始めてコケる。



普通のスキーとはまるで逆で、

斜面を登る時より降りる時の方が

余程時間がかかる。



しかし、持ち帰るべき肉を全て

車まできちんと運び切った達成感は

何物にも代えられない。



なんでもやってみないと分からない。

そして失敗もまた楽しい。

トライアンドエラーを繰り返しながら

筋力と胆力を鍛えていくのが

単独忍び猟の醍醐味ではないだろうか。



勢いを増す吹雪。

真っ白になりながらスキーを外し、

積み込みを終える。



代車の軽自動車は

突風が吹くとハンドルを取られる。

何度も何度も、

視界が完全にホワイトアウトになる国道を

時速30キロで走る。



キツネのことが頭をよぎる。

この悪路を走り抜けば、

私は暖かいベッドで寝られる。

しかしあのキツネは雪に埋もれ、

わずかな肉片を噛み締めながら

極寒の夜を耐え忍ばなくてはならない。



「頑張れよ兄弟」

と心の中で呟く。




そして私は、

明日も猟に行こう。



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