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メインディッシュは”ストーリー”




フレンチレストランのオーナーシェフ、K。

彼の店がオープンしてすぐに友人から紹介され、

以来、何度も通っている。



家には寝に帰るだけ、時には店で仮眠してまた仕事。

料理にかける情熱はすさまじいが、

本人は肩肘張らず、至って当たり前のように

楽しそうにやっている。



獲った肉の調理をお願いすると

素人では絶対手の届かない絶品に仕上げてくれるし、

山菜採りや渓流釣りに一緒に行ったりもする、

私の若き友人だ。



ジビエを扱うこともあり、

一度は猟に行きたいとずっと言っていたが

この日はわざわざ店を休みにして

同行してくれた。



私自身もかねがね、

料理人には自分たちが扱っている肉が

どういうものなのかを体感して欲しいと思っており、

だからこの日はどうしても鹿を獲り、

一緒に解体したかった。





三連休の最終日、朝5時半。

私が向かったのはKの家ではなく店。

店を閉めて仮眠している彼をピックアップし、

そのまま猟場を目指す。

前日から降り続けている雪。

ジムニーがまだ修理中のため、

車は相変わらずレンタカーのヴィッツだ。

果たしてたどり着けるのだろうか。



夜明けの少し前。

目的地に着く寸前に道路沿いに鹿が出る。

簡単に仕留められる距離。

ここで撃てば解体の体験はできる。

でも、彼には山を歩いてほしい。

鹿がどんなところで生きているのかを

身を以て感じてほしいと思った。

民家が近いこともあり、結局その鹿を追うことはしなかった。

Kは携帯で走っていく鹿の群れの動画を撮り、満足気であった。

慎重に雪道を走り、なんとか目的地に到着した。





歩き始めたのは、夜が明けてから。

三日連続、同じコースをゆっくりと忍んでいく。

いい加減、鹿に警戒されているのか、

新鮮な足跡が少ない。

更に、前日から雪が降っていることも大きく影響している。

足跡がすぐに埋もれてしまうのだ。



見晴らしの良いポイントに出て、

ようやく一頭目を見つけるが、遠い。

川を越えた対岸の小高い斜面の上。

距離計で測ると330メートルあまり。

これでは私の銃では撃てないし、

万が一撃って当たったとしても回収が大変すぎる。



Kに鹿の存在を教え、双眼鏡を貸す。

しばらくすると鹿はゴロンと横になった。

すると、どう見ても切り株か露出した土にしか見えない。

こうやって何頭もの鹿を見逃しているのだろう。

それが鹿自身にも分かっているのだろうか、

そのまま眠ってしまったようで全く動かなくなった。

あんなにリラックスしている鹿を見ることは滅多にない。



稜線を上がっていくと、

ずっと下の川沿いに

この日初めての、くっきりとした足跡を見つけた。

雪が降る中、新鮮に見える足跡は

それが本当に真新しいということを意味する。



時間は9時前。

夜明け前に出会ったように、

鹿は、早朝の時間帯は山を下り、

野原で草を食べていた。

明るさが増すと同時に移動を開始、

反芻に必要な水を川沿いで飲みながら山奥へ。

それがあの足跡だろう。

お腹がいっぱいになり、水も飲んだら、

次の行動は、しばらく体を休めることだ。

風向きを考えると、

稜線の角を左に回り込んだ川沿いの斜面で

寝転んでいる可能性も高い。

Kに、その予想を伝え、

細心の注意を払うように言う。

足音を殺しながらゆっくり進む。



キャンッ!

突然、左奥から鹿の警戒音が響く。

やはり私が思った通りの場所に鹿はいたのだ。



しかし、ガサガサと逃げていく足音はしていないし、

警戒音もそれほど強いトーンではなかった。

逃げる体勢には入っているが、

まだ様子を見ているのではないかと感じた。



更にスピードを落としてじわじわと進む。

身を屈めて角を曲がり、ゆっくりと立ち上がると、

斜面の中腹に立ち上がり、こちらを見ている雌鹿と目が合った。

思った通りだ。

体勢を安定させるには膝撃ちにしたいところだが、

笹薮が高く、ひざまずいてしまうと鹿は見えない。

距離は50メートル弱。

瞬時の判断で、立ったまま撃つことにする。

鹿を見つめたまま銃を上げて構えると、

そのままスコープの中心に鹿が入り、引き金を引く。

今期、初めての立射。

鹿を視認してから発砲まで、

3秒ほどしか経っていないと思う。

鹿はもんどり打って姿を消した。



瞬時の出来事に目を丸くしているKを呼び、

一緒に斜面を駆け下りる。

鹿が立っていた場所を確認すると、地面の雪が溶けていた。

やはりここで寝転んでいたのだ。

藪を漕ぎなら、斜面の下へと続く血痕を追う。

突然視界が開けて川に出ると、

案の定、そこには流れの中で力尽きた鹿が倒れていた。



鹿が残した痕跡、当日の自然条件、

様々なファクターを観察しながら導き出した

自分なりの読み。

この日は、パズルのピースが次々とはまっていくような

手応えがあった。

うまく鹿の気持ちになれた結果、

山の恵みをいただくことができた。





浅い川を、鹿を引きずって渡り、

鹿が吊るせそうな木の根元まで運ぶ。



止め刺しのナイフはKに入れてもらう。

すぐに私が代わり、

十分に放血するように切り口を広げる。



鹿を木に吊るす仕掛けを準備する間、

Kに血抜きのマッサージをお願いする。

鹿の下半身から、切り裂いた喉元にかけ

グイグイと圧をかけてもらう。

初めて鹿に触るK。

鹿のぬくもりや筋肉の感触を感じ取っている。

特に、内腿を触った時の熱さには驚いていた。






鹿を吊るすのには、

これまでホームセンターで買った

六倍力のロープホイストを使っていたが、

使い勝手が今ひとつなのと

巨大なオスなどはなかなか上がりきらないため、

この日は届いたばかりの登山用プーリーを初めて使った。



二つのダブルプーリーにロープをかけ、

更に支点となる木から折り返したロープを

プルージックで固定したプーリーで引く。

十二倍力のシステムとなり、

プルージックを移動させることでロープも短くて済む。

動画でしか見たことのない仕掛けを

記憶を頼りに再現して組んだが、

きちんと稼働してくれた。





解体はKが最も体験したかったことだ。

頭の外し方、タンの取り方を教えながら実演、

肛門はKに抜いてもらう。

直腸を傷つけるとフンがこぼれてしまうことを注意するが

やはり初回からうまくはいかない。

腸に穴を開けてしまうが、

なんとか奥の方で結索することができた。



腹の皮を裂き、胸骨を専用のノコギリで縦に切断、

前脚と後脚の関節を折り、股間まで皮を裂くと

後脚のアキレス腱にロープを通して吊り上げていく。



腹腔側から肛門を引き抜くと、

あとは要所要所に少しナイフを入れるだけで

腸や胃などの消化器系の内臓が

ずりずりと重力で剥がれていく。

次に横隔膜を切り取ると、

心臓、肝臓、肺などの循環器系が剥がれ、

気道まで一気にひとかたまりで

取り外すことができる。

解体を初めて見る人がいつも驚くポイントだ。

弾は心臓を貫いており、心房部分が破裂していた。



Kと一緒に皮を剥いでいく。

毛皮はなめしに出して、

店の客用のブランケットにしたいという。

この鹿はKの為のもの。

可能な限り有効活用してくれるのはとても有難い。





肩甲骨を探ってもらいながら

前脚を切り外す。

人間と違い、鹿に肩関節はない。

残念ながら、左前脚は

着弾によるダメージがあり諦めた。



次にヒレ肉を取る。

内腿に食い込むようについている

ヒレ肉の端を切ってきっかけを作り、

背骨の内側から肉を剥がしていく。

右側を私が実演、左側はKに任せる。

Kが丁寧にヒレ肉を取っている間、

火を起こすための枯れ木を集める。



続いて腰椎にナイフを入れてもらい、

上半身と下半身を切り外す。

上半身は更に肋をノコギリで切り、

背骨つきでロースが熟成できるように

サドルで持ち帰ることにする。



最後は骨盤から両後脚を取り外す。

これも色々なコツがあるが、

片側は私が実演、もう片方をKに任せる。

料理人なので放置し、

私は再び焚き火の準備を進める。



白樺の皮を取り、枯れた小枝を集め、

ほぐした麻紐にメタルマッチで着火。

雪により木が湿っていて、

更に薪の上にもどんどん降り積もり、

火を育てるのに苦労したが

なんとか肉を焼くのに十分な火が起きた。



笹を切って串を作ったところで

プロのシェフにバトンタッチ。

ヒレ肉に串を打ってもらい、

知り合いの料理人から分けてもらったという

天然出汁の入った旨味の強い塩を振る。

表面に焼き色がついたところで

少し火から離して刺し、

遠火でじわじわと熱を通す。

さすがやることがプロだな、と思いながら

私は火吹き竹をひたすら吹いて

火力を保ち続ける。

脂が落ち、ジュウジュウと音を立て、

食欲をそそる香りが立ち込める。

出来上がった肉は、

予想通りに最高の仕上がりだった。





つま先の冷たさが限界だというKに

焚き火にあたってもらいながら

肉をパッキングし、吊るしの仕掛けを撤収する。

川を渡らなくてはならないのでソリは使えず、

全てを背負う。




撃ってから四時間が経過していた。

初めての解体にヒレ肉の焚き火ロースまで堪能したため

すっかり時間がかかってしまったが、

良い体験をしてもらえたと思う。



川を渡って藪を漕ぎ、林道に出る。

ここでKから嬉しい提案があった。

肉を自分で背負いたいという。

背は高いが華奢な体つきのKには

相当な負担だとは思うが、

本人のたっての願いなので有難く受け入れる。

代わりに私が毛皮を持つことにする。



リュックを背負う時だけ手伝ったが

命の重さを味わいながら

Kは長い道のりを歩き切った。





春に一緒に山菜採りに行った時、

Kは、山全体が生きている、と感動したという。

今日、冬山で鹿を追い、それを持ち帰る中で

今度は、自分自身が生きている、ということを

改めて強く感じたそうだ。

とても嬉しい言葉だった。



そしてこれから客にジビエを出す時には、

冬の寒さの中で鹿がたくましく生き抜いている様を、

その途轍もない力を秘めた肉を食べていることを、

伝えていきたいという。



調理の面でも、

河原で食べたヒレ肉の美味しさと風味にヒントを得て

テリーヌに焚き火の香りを足したいなど、

アイディアが次々と浮かんでいる様子。

本当に良かった。



彼が作る料理は、きっと変わるはずだ。

彼の話を聞きながらそれを食べる客の意識も同様。

皿の上に乗っているのは

ただの美味しい肉ではない。

それは力強く山を駆け抜ける鹿の

美しいストーリーなのだ。



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