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インディアン修行の夜




12年にわたり、

毎年のように通ってきたカナダ・ユーコン準州。

師と仰ぐクリンギット族のインディアン、

キースに会いにいくためだ。



トーテムポールの有名な彫刻家であり、

優秀なハンターでもあるキース。

キースのところでは毎日が刺激的だ。

4輪のバギーやARGO(8輪の悪路走行専用車)で

山奥に分け入り、そこからさらに長距離をトレッキング、

野宿をしながらヘラジカやドールシープなどを追う。



私の生涯の願望は

インディアンになることなので、

キースの下で修行を積んでいるのだ。



しかし非常に残念なことに、

今年はコロナのせいで

ユーコンを訪ねることはできなかった。



そこで、インディアン修行の

自主トレーニングを行うことにした。



森に入り、テントを張らずに

タープだけで一晩を過ごすのだ。





猟場を教えて下さる

有難い先輩の親族が所有する山の

使用許可をいただいた。



私にジムニーを貸してくれている

若手ハンターHも誘い、

二人で山に入った。



平らで笹薮に覆われておらず、

水を汲めるポイントからも近い場所を探す。

沢から一段上がったところに

ちょうどいい場所を見つけた。



タープを設営すると言っても

使うのは専用の高価なものではなく、

ホームセンターにて千円ほどで購入したブルーシート。

キースもいつもそうしている。



まずは支柱となる2本の細い木を切る。

このために、木の伐採許可もいただいている。

先端を尖らせ、地面に突き刺す。

そこにブルーシートを渡し、

支柱のてっぺんから地面にロープを張る。

これで完全に支柱は自立する。

ブルーシートの残りの隅を地面に固定すると

片斜面の屋根のような構造が出来上がる。

Lean twoと呼ばれる最も簡単なスタイルだ。




このやり方は13年前、

初めてキースを訪ねた時に教えてもらい、

実際に一緒に一晩を山で明かした。

その時は、地面に敷くマットとして、

針葉樹のトウヒの葉を

瓦を拭くようにいくつも斜めに刺していき、

とてもいい香りのするふかふかの床を作った。

しかし今回は広葉樹の森なので

落ち葉の積もった地面の上に

もう一枚のブルーシートを敷いた。



私がタープを設営している間、

Hは薪となる木を集め

適当な長さに切っていく。

完全密閉のテントと違い、

タープの場合は夜通しで火を絶やさないことが

ライフラインとなる。



ブッシュクラフトの本で見た

ファイアーリフレクターなるものも作ってみる。

焚き火を挟んでタープと反対側に

細い木を、横長の長方形の頂点に当たる位置に

杭のように4本打ち込む。

その間に太い薪を渡していって

壁のようなものを作る。

湿った薪が焚き火の熱で乾くと共に

熱が反射して暖かさも増すと言う。

これはキースはやらないが、

とにかくやりたいことは全てやってみる。



前の晩に少し雪が降ったようで

色々なものが湿っており、

火起こしには少々苦戦した。

麻紐をほぐして火口とし、

メタルマッチで着火する。

そばに生えていたススキの穂に火を移し

さらに小枝を燃やす。

ススキまでは勢い良く燃えるのだが

あまりにあっという間に燃え尽きてしまい、

小枝に着火してくれない。

当然、薪にも火はつかない。

何度もリトライする。

Hが乾いた落ち葉を燃やして小さな火を育て

なんとか火が起きた。

いつもマッチ一本で確実に火を起こす

キースには笑われてしまうな、と反省する。



2mほどの細い若木を三本切り、

上部を一つに括って下を広げる。

三脚のようなものを作り、

焚き火にまたがるように置く。



そして本日のメインディッシュ、

少し前にHが撃った

オスジカの前脚が登場。

三脚の上からロープでぶら下げ、

ちょうどいい具合に火が通るよう、

炎との距離を調整する。

ハンターにしかできない

豪快アウトドア料理だ。




ここで乾杯。

16時前の日没あたりから宴会開始。

酒だけは大量に買い込んである。

これはこれでまた一つのライフライン。

野営で忘れてはならない

大切なノウハウの一つだ。



徐々に前脚から良い匂いがし始め、

脂がしたたり落ちる。

シュラスコのように

焼けた部分から削ぎ切りにして

塩胡椒を振るだけで口に運ぶ。

これが滅法旨い。

少しだけある脂身も香ばしく

うっすら焦げた部分も美味だ。

イメージ通りの料理が完成したことに

二人で深い満足感を得る。


さらに、低温調理済みのモモ肉を取り出すH。

網の上に乗せて温めるだけ。

柔らかく弾力のある歯ごたえを楽しむ。



最近はフリーズドライの

粉末状の醤油なるものがあり、

これは持ち運びにとても便利で

アウトドアで料理する時の

私の必需品となっている。

肉にさっと振りかけるだけで

醤油をかけたのと同じ味になり

お手軽で美味しく、とてもおすすめだ。



私が持参したのは

二日前に撃った巨大オスのヒレ肉。

全ての部位の中で最も柔らかく

熟成を経なくてもいける筈だと踏んだ。

棒状のヒレ肉を

ハンティングナイフでスライスし

網に乗せる。



鹿肉に火の通しすぎは厳禁。

すぐに硬くなってしまう。

ちょちょいと焼いたらすぐに網から下ろす。

こちらも絶品。

力強い味が口いっぱいに広がる。


あの雄々しい巨大オスの力を取り込んでいく。

マイナス20℃でも平然と動き回っている

彼らのパワーをいただけば

私でも今夜の寒さを

耐え忍ぶことができるだろう。



肉、肉、肉。



食うもの全てがあまりに旨く、

笑いが止まらない。



真っ暗な中、

突然「キャンッ!」という鳴き声が響く。

多分30メートルも離れていないところに

鹿が来ている。



辺りには鹿の足跡がたくさんあった。

きっと鹿が沢筋で水を飲むために降りてくる

獣道なのだろうと思っていたが案の定だ。



真っ暗な山を下って来て、

突然男二人が焚き火を囲んでいたことに

驚いたのだろう。



狩猟中に耳にする

ハンターに怯えて出す警戒音と違い、

「オマエら何やってんだよ、邪魔なんだよ」

と怒って文句を垂れているようなトーン。

鹿はしばらくキャンキャン鳴き続けたが

我々の宴会は自粛することなく盛り上がるばかり。

しばらくすると鹿は諦め、立ち去った。



山中で鹿の気配を感じながら

自分たちが仕留めた鹿を

旨い旨いと喰らい、

腹の底から笑う。



こんなに正しい肉の食べ方を

私は他に知らない。





燃え盛っていた炎が落ち着き

暖かい赤色の熾火となる。

心が落ち着く

なんとも言えない色だ。



生命体であった木が

エネルギーとなって熱と光を発する

これもまた命の循環だ。



焚き火を囲んでの会話は

何か特別だ。

本音を語りあい、

自分の人生の上で

とても大切なことを

自然に話すことができる。



今まで距離感のあった人に

いつしか親近感を覚え

かけがえのない友となっていく。



焚き火の魔法だ。





雪が降って来た。

結構な勢いだ。

気温は–6℃まで下がるが

避難も撤収もできないし

酔いも回っている。

もう後戻りはできない状況なので

そのまま飲み食いを続ける。



腹が満たされ

眠気が徐々に増してくる。

気づけば夜10時。



Hはすぐ隣に立てたテントに入った。

私はこのままタープの下で朝まで過ごす。



万が一ヒグマが出た時のために

銃をすぐ手が届くところに置く。

キースもいつもそうしている。



焚き火をタープに近いところに移す。

寝袋に入って横になったまま、

手を伸ばせば薪を置き換えて

火力調整ができるようにするためだ。



雪はしんしんと振り続けているが

火のそばにいれば暖かい。

ごろ寝をして、うつらうつらしては

ハッと目を覚まして火をいじる。



心が徐々にユーコンに飛んでいく。



キースは今頃何しているのだろう。

山はもうすっかり

雪に閉ざされているに違いない。

今年はどんな狩りをしているのだろうか。

ヘラジカは何頭仕留めたのだろう。

そろそろ罠にもいい季節だな。

今年もLean Twoのタープの下で

野宿をしているんだろうか。



夜の森で独り

焚き火を眺めていれば

ユーコンはそんな遠い場所ではない。




そして深い眠りに落ちた。



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