2021年10月10日
狩猟に関する自慢話の、よくあるパターン。
射撃に関しては、
「何頭獲った」
「何メートル先の鹿に当てた」
解体に関しては、
「あっという間に終えた」
といったところか。
斯く謂う私も、同じような話をしたことがある。
いや、今でもしているのかもしれない。
しかし、正直、どれも下らない。
私は解体に時間がかかる。
先日撃った、今期最初の鹿には
2時間以上かかってしまった。
まずは止め刺しのナイフを入れる。
ナイフの鋭さのおかげか
いつもより血が多く出て止まらない。
心臓が動いている内に
どれだけ血が抜けるかが勝負だ。
傾斜を利用して頭を下にし、
血が出続けている間は
下半身から上半身に向けて
ひたすらマッサージを続ける。
出血がほぼ止まると、次の作業に移る。
これぞ、という樹を探すのだ。
雪のないこの時期、
落ち葉がつかないように綺麗に解体するには
鹿の全身を吊るして地面から離す必要があると私は思う。
吊るし解体では、失敗を繰り返してきた。
まずは、ロープをかける枝が低すぎること。
特に大きな雄を吊るす時には
思ったより高い枝が必要だ。
ついつい背を伸ばして手がかかる枝を使いがちだが
それでは足りない。
頭を切り落としたとしても
ネックの部分が地面についてしまう。
枝の根元にロープをかけるのも避けたい。
吊り上げた鹿の背中や尻が幹に擦れてしまう。
かといってあまりに幹から離れてかけると
枝が折れたり、撓んで鹿の体が下がってしまうこともある。
滑車を枝のギリギリに固定したつもりでも
100キロをゆうに超える雄鹿が上がっていくと
ロープに弾性があるおかげて
どんどん滑車が落ちてきて鹿を上げきることができない。
生憎、先日撃ったポイントでは、
すぐ近くに丁度いい枝振りの木がなかった。
血抜きを終えた後、辺りを歩き回って探す。
今回は結局、鹿を30メートルほど引きずる羽目になった。
途中に横たわる倒木を乗り越えながらの行軍。
問われるのは脚力と握力だ。
すぐに汗が吹き出し、
数メートル進んでは深呼吸をする。
最後は少し坂になっていて更にキツい。
何のためにジムに通ってきたのだ、と自分を叱咤する。
漸く木の下につき、まずは肛門を抜く。
耳の後ろからナイフを入れ、頭部を外す。
喉元から股まで、一気に皮を切り裂く。
四肢の膝(に見えるが、人間で言えば踵)
から上を露出させ、中心線まで切り込みを入れる。
腹を裂き、胸骨を割る。
内臓を摘出するための下準備だ。
続いて、手近な生木をノコギリで切り、
鹿を吊るすためのハンガーを作る。
そして鹿を吊りあげていく。
パラシュートコード2本に滑車を3つ使い、
12倍力のシステムを組み上げる。
言葉ではうまく説明できないが、
慣れないとすぐにはできない作業だ。
皮を剥く時には毛が肉につかないよう、
上から下へ、毛を巻き込むように丁寧に進めていく。
脂の乗りには瞠目した。
分厚い脂肪がびっしりと
尻から背中にかけてを覆っている。
一体何を食べたらこんなに太るのだろう。
この辺りに牧草地はない。
クマと同じように、ドングリやコクワなどの
木の実を食べているのだろうか。
見るだけで、この鹿の肉が旨いことがイメージできる。
撃ったのは早朝、
ハエが出てくる時間までにはまだしばらくある。
ゆっくり丁寧に、自分の納得のいく仕事をする。
一本たりとも肉に毛を付けない。
骨に一切肉を残さない。
まだ実現したことはないが、それが目標だ。
前脚を取り外すと、すぐに伸縮性の高い包帯地でできた
ミートバッグで包み、宙吊りにする。
切り取った肉は、絶対に地面には付けない。
腰椎にナイフを入れ、下半身から上半身を切り離す。
ハエがつかないように
上半身はブルーシートに包んだ上で地面に置く。
続いて後脚を切り外し、
前脚同様すぐにミートバッグに入れ、吊るしていく。
最後に上半身をネックとサドルに切り分け、
更にロースやバラを取っていく。
徐々に日が昇って気温も上がり、
ハエが飛び始めた頃に作業が終わった。
時間はかかったが、美しい解体ができた、
と思った。
今年の初物の極上肉を
知り合いに配るのは無上の喜びだ。
肉は、皆を笑顔にする。
お世話になっている料理人からは
「あそこまでの肉なら料理人でなくても、
と思ってしまった」
「血抜きも素晴らしく血管も綺麗で
捌いた後のまな板が綺麗な白のままだった」
とのお言葉をいただいた。
更に嬉しかったのが、
解体の具体的なイロハを私に教えてくれた
狩猟の先輩からの言葉。
料理は玄人顔負け、解体のスキルが高く、
肉の熟成にも長けている彼に
ロースやネックの一部を預けた。
肉を半分凍らせて、スライサーで切ってもらい、
極薄のしゃぶしゃぶ肉を作ってもらう為。
専用の機械がないと無理な作業だ。
肉を吟味した先輩は
「かなり綺麗に解体しましたね」
「自分も熟成と精肉にベストを尽くします」
とメールをくれた。
私の肉を見て、気合が入ったとのこと。
見る人が見れば、分かる。
最後まで手を抜かず、気を抜かずに仕事をして、
本当に良かった。
「時間をかけて、綺麗な肉に仕上げた。」
これだけは、あまたある狩猟の自慢話の中でも、
胸を張って自慢していいことなのではないだろうか。
<後日談>
しゃぶしゃぶ肉を作りたいのには二つの理由があった。
一つめは、しゃぶしゃぶが鹿にとてもあっている料理だから。
少しでも火を通しすぎると硬くなってしまう鹿肉。
火の通り加減が分かりやすく、自分で微調整できるしゃぶしゃぶは
うってつけの食べ方だ。
二つめは、どうしても食べさせたい人がいたから。
私より5歳も若い彼女は、
子宮頸癌が肺や肝臓などの全身に転移している、末期の癌患者だ。
元々肉は大好きだったが、どんどん食は細くなり
噛む力も消化力も低下している。
鹿肉は食べたことがなく、一度は食べてみたいとのこと。
薄くスライスしたしゃぶしゃぶだったら食べられるかもしれない。
その女性の話は、肉の熟成とスライスをお願いした先輩にも伝えた。
そして私たちは精一杯、良い肉に仕上げるべく力を尽くした。
出来上がったしゃぶしゃぶを、
彼女は美味しい美味しいと家族が驚くほどにたくさん食べ、
更には肉を茹でたスープも旨いと、
夜には余った鹿肉を入れて鹿雑炊にして
食べてくれたという。
翌日、彼女は救急車で病院に運ばれ、
現在も緩和病棟で癌と闘っている。
いつかまた
私の鹿肉を食べて欲しいと、
切に願っている。
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