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Nobody is like us




山の中で、キースが言う。



“Nobody hunts like us.

 Nobody live like us.

 Nobody is like us.”



ここで言う“us”とはキースと私。

嬉しいことに。






カナダ・ユーコンのクリンギット族のコミュニティでも

ライフスタイルは急激に変わりつつある。



若者は利便性や快適性に走り、

伝統的な生活を重んじる者は減っている。

麻薬やアルコール中毒問題も深刻だ。




狩猟も同じく。

ライフルを持っている人は多く、

チャンスがあれば誰でもヘラジカを撃つだろう。

しかし、キースのように山中深くに分け入り

ヘラジカが獲れるまで野宿を続ける、

といったスタイルの狩りをする人は少ない。



雨が降ろうが雪が降ろうが

テントも張らずに過ごす山の夜は辛い。

給料を貰えるわけでもない。

燃料代などを考えれば

スーパーで買った肉の方がはるかに安い。

少々の怪我は日常茶飯事で

最悪の場合、命を落としても全く不思議はない。



なぜそこまでしてヘラジカを追うのか。

それは純粋に、自分がそうしたいから。

経験や知識と想像力を総動員し

ヘラジカに迫っていく過程、

巨大な獲物を倒した時の興奮、

フライパンの上で焼けていく肉の音と匂い、

食卓に広がる家族や友人の笑顔。

その喜びは病みつきになる。

そこに確固たる自分の美学が存在するからだ。





人生とは、

やりたいことをやる、

なりたい自分になる、

その為の過程であるべきで

それを気負わずにシンプルに実践しているキースは

素直にカッコいい。






北海道で狩猟を始めた私にも

ずっとやってみたいことがあった。

自分の撃った獲物を

自分が作ったナイフで解体する、

ということだ。

北海道の師匠F氏が実践しているスタイルに

否応無しに憧れていたのだ。



1年半かけて作った最初のナイフは

未使用のままキースにプレゼントしてしまい、

2本目のナイフを完成させるのには2年以上かかった。

そして先日、ようやく夢が実現した。






まだ暗いうちに林道のゲートを開ける。

長く重い金属音が森に吸い込まれていく。

長靴に履き替え、ゲーターを装着、

ケースから銃を取り出す。

装備を整えながら陽が昇るのを待ち

夜明けと共に歩き出す。


昼間はまだ暖かくとも

朝晩の冷え込みは徐々に厳しさを増していて

ピリッと体と心が引き締まる。

山菜採りやキノコ狩りとは

やはり一味違う緊張感。

狩猟での山歩きは半年ぶりで

すこぶる気持ちが良い。



突然響き渡る甲高い鳴き声。

発情期の雄鹿が雌を呼んでいるのだ。

首から下げた鹿笛を吹いて鳴き返し

すぐに木の陰に隠れる。

暫く待つが鹿は現れない。

鳴き始めてはいるがまだ本気ではないのか。

はたまた私の鳴き真似が未熟なのか。






再び歩き始めると、

落ち葉だらけの林道の上に

微かな違和感を感じる。

ヒグマのフンだ。

もう数日は経っているだろうか。



中身を確認すると

ジャリジャリと硬い殻の破片だらけ。

オニグルミだ。

クルミの硬い殻に穴を開けられるのは

エゾリスだけかと思い込んでいたが、

ヒグマはそのまま

バリバリと噛み砕いて食べてしまうとは知らなかった。

どれだけ顎の力が強いのだろう。






続いて見つけたのは真緑。

こちらは新しい。

中身は全てコクワ(サルナシ)。

匂いは甘く、とても排泄物とは思えない。

腸が短いヒグマは消化力が弱い上に

更にろくに噛んでもいないのだろう、

まるで無傷の実もある。

果たしてこれで食べている意味があるのだろうか

とも思ってしまう。






ヤマブドウとコクワのミックスのフンもある。

ヒグマもそれぞれ味の好みが違うという話も聞くが

先程のものとは別個体なのか。






トドマツの幹に残されているのは

たくさんの爪痕。

もういつ出てきてもおかしくない状況だ。

私はまだ猟場でヒグマを見たことはないが、

しかし向こうが一方的に私を見ているのは間違いない。








沢筋に見慣れたシルエットを発見する。

雄鹿だ。

頭は幹に隠れていて見えない。

こちらに気づいているのは確かだが

私がたまたま死角になっている。

ゆっくりと装弾するが

銃のボルトを締める音が響く。

しかし、動かないことが得策と思っているのか

大きな体は微動だにしない。

前脚のすぐ後ろに弾を送り込む。

雄鹿は垂直に跳ね上り、

少しだけ走って倒れた。






遂に自作ナイフを使う時が来たのだ。

鹿に駆け寄り、首元に止め刺しを入れる。



驚いた。

0.2ミリにまで薄く仕上げたブレードは

何の抵抗もなく胸の奥に吸い込まれていく。

今まで一度も感じたことのない、未知の感触だ。

心臓から肺へ伸びる太い動脈を切る時も

ナイフを根元まで突き立てているにも関わらず

スーッと滑るように刃が走る。

鹿の体は脱力したままだ。



このナイフのコンセプトは

「鹿が、自分がとどめを刺されたことに気づかないほどに鋭い」

と定めていた。

そのために時間をかけ、手作業でしか到達できない

曲線と薄さを作り上げて来たつもりだった。

しかし全ては頭の中で思い描いているイメージのみ。

そこまで薄くしても

使い勝手はそんなに変わらないかもしれないし、

繊細すぎて脆く、すぐに先端が欠けてしまうかもしれない。

実際に使用してみないことには

本当のところは分からないのだ。



そして使ってみて確信した。

これは、とてもいいナイフだ。

いやそれどころか、想定外。

私の想像を超えていた。



止め刺しの穴に空気が入るように、

刃の腹を少しだけ押し下げる。

ゴボゴボと勢い良く熱い血潮が噴き出し

右の手首から先が赤く染まっていく。

同時に左手で頭を撫でながら

鹿に感謝の念を伝える。



肛門を抜く時も、奥までするっとナイフが入り

とてもスムースに直腸周りを切り取ることができた。



続いて頭を切り落とす。

両耳の下を結ぶラインに切り込みを入れる。

分厚く硬い首の皮が難なく切り裂かれていく。

頭蓋骨と頚椎の間に切っ先をねじ込む。

複雑な構造の骨の隙間に刃を入れ

多少無理に刃を回さなくてはならないが、

薄いおかげでで良くしなり、

なんなく頭が落ちた。



切っ先が鋭すぎるため、腹を裂く時や皮剥ぎには気を遣った。

しかし気をつけて作業すれば全く問題はない。

下半身を切り離すために腰椎にナイフを入れた時の感触は

感動的でさえあった。

内臓側から入れた刃先は僅かな隙間を的確に捉え

いとも簡単に背中側に貫通した。



このナイフを作っている時に

ひとつ、不安があった。

元々4ミリの厚みがある鋼材を、

刃の部分は0.2ミリにまで薄くしてある。

ホローグラインドという削り方で、

ナイフを先端方向から見ると

極端にいうとTの字のような形になっている。

研ぎやすく鋭い、というメリットがある反面

刃が食い込みすぎたり、脆い、

といったデメリットがある。



極端にホローグラインドになっているこのナイフは、

骨から肉を外す時に

刃が食い込みすぎてしまうのではないか。

そもそも背骨からロースを取り外す作業などには

逆に刃の真ん中が盛り上がっている

ハマグリ刃が向いている、という話も良く聞く。



いよいよ背骨と肋骨からロース肉を外す段に差し掛かる。

骨のカーブに沿って繊細に刃を動かすと

まるで外科用のメスのように細かく肉が剥がれていく。

骨に残った肉の厚みを見ても一目瞭然だ。

ハマグリ刃を試したことがないので何とも言えないが、

ホローグラインドの薄刃は、解体に向かないどころか

自分の解体が上手くなったように思える

素晴らしい仕事をしてくれた。



何頭もの鹿を解体する中でイメージしていった

自分なりの理想のナイフの形状。

それを作り上げるのに費やした膨大な時間が

予想を超える成果となって結実した。





ナイフはアウトドアアクティビティの為のツールであり、

様々なアクティビティの中でも究極の行為が狩猟だろう。

狩猟とナイフメイキングは本来密接に結びつているのだ。

ところが、ハンターはたくさんいるが、

多くのハンターはナイフを自分で作ったりはしない。

ナイフ作りを楽しむ人も少なくはないが

その中でどれだけの人が

自分自身で獲物をきちんと解体する技術を持っているだろうか。



キースもF氏も極めて優れたハンターであり

且つ、自分が使う刃物は自分で作る。

私もその両方に真正面から取り組み

数年をかけて漸く

その喜びに、そして意味の片鱗に

触れるに至った。



自分がなりたかった自分。

これこそがそうだ。



“Nobody is like us.”



最後に鹿の気道を木の枝に刺し、

クリンギットとしての祈りを捧げる。

雄鹿一頭丸々の解体を全て終え、

心地良い疲労と共に

私は深い満足感に浸っていた。







最後の懸念事項、

薄すぎるが故の刃こぼれについて

補足をしておこう。






帰宅後、ナイフを研ぎ直さずに脂汚れだけを洗い、

切れ味を確かめる。

コピー用紙などで試し切りをする人が多いが

私は更に薄く柔らかいレシートを良く使う。



そっと刃の根元をレシートに当てる。

ゆっくりゆっくり刃を送りながら

切っ先までを使い切る。



何の抵抗もなく刃は滑り、

二つになった極薄の紙が

はらりと床に落ちた。




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