2020年12月16日
カナダの先住民、ターギッシュ・クリンギット族の師匠、
キースからメールが届いた。
何度も通っているキースの家。
見慣れた前庭の写真だ。
雪が積もっていて、最近買ったという
新しいピックアップトラックが停まっている。
本格的に雪が降り始めたことを
知らせてくれたのだろうと思った。
間をおかず、また写真が送られてくる。
ポーチから庭に降りる階段も雪に覆われている。
この階段に座って肉の処理をしたり、
キースと色々な話をしたことなどを
懐かしく思い出す。
しかし、メッセージはない。
キースは一体何を伝えたいのだろう、とも思う。
続いて三枚目の写真が来た。
二枚目の写真とあまり違わないアングルだ。
携帯をいじっていている内に
誤作動で送ってしまっているのだろうか。
アウトドアには滅法強いが、
携帯などの最新機器には弱いキース。
そういえば先日、機種変更したと言っていた。
と思ったところで、
キースの意図をようやく理解した。
階段を降りた先に見える黒い影。
四枚目。
決定的写真。
なんと、ムース(ヘラジカ)が
親子で庭に来ていたのだ。
世界最大の鹿、ムース。
オスは一番大きいもので700キロを超える。
最大級のエゾシカ5頭分だ。
いつ撮ったのか聞いたところ
「1時間くらい前だよ」
とのこと。
これが、カナダ・ユーコンでの日常なのだ。
しかし、驚くのはまだ早い。
去年、私がキースの家を訪れる少し前、
ムースの肉を熟成のために吊るしておいた裏庭の納屋に
ブラックベアが入り込もうとしていたので撃ち殺したという。
しかもキース自身でなく、奥さんが。
続いて送られて来たのが、
コミュニティーセンターでヘラジカを解体している写真だ。
テーブルの上に鎮座するアバラ。
その巨大さはエゾシカの比ではない。
ちなみに、真ん中に写っているのが
クマを撃ったキースの奥さんだ。
毎年のようにヘラジカを仕留める女性ハンターでもある。
メスや子供は撃たないのがキースの主義の筈。
「庭に来ていた親子じゃないよね?」と聞くと、
「こないだ道路で轢かれたヤツだよ」とのこと。
轢かれたムースは可哀想だが、
轢いた方の車も無事ではないだろう。
自分で狩猟ができなくなった地元のお年寄りたちのために
若手が解体して精肉しているところで、
これから各家庭に届けるのだという。
野生の肉をブッシュミートと言う。
ムース以外にも、ドールシープ、シロイワヤギ、
ミュール鹿、ビーバー、ヤマアラシ、などなど、
子供の頃から色々な野生動物の肉を食べつけている
お年寄りたちは特にブッシュミートが大好きだ。
彼らのために若手が大変な解体を担う。
素敵なことだと思う。
小さくても温かいコミュニティー。
私の憧れだ。
最後に送られて来たのは
肉を切り分けているナイフの写真。
「最高に気に入っている!」とのコメント付きだ。
1年ぶりに見たナイフ。
懐かしさがこみ上げる。
このナイフは、私の手作り。
去年、キースを訪ねた時にプレゼントしたものだ。
ただの鉄板の形をしているナイフ用鋼材から形を削り出し、
磨き込み、ハンドルをつける。
ハンドルには私が撃ったエゾシカの角を使った。
本当は全体を角にしたかったのだが、
長い平面が取れず、残りは花梨の老木のコブとした。
ナイフ作りの名人である、
北海道の師匠に手ほどきを受けながら、
全てが初体験の作業で
制作期間は、なんと1年半に及んだ。
刃の側面を凹状に削り込んだ
ホローグラインドというスタイルの刃で
ホローのつけ方は極端だ。
獲物に止め刺しをするとき、
「自分が刺されたことに気づかないくらい鋭い」
というのがコンセプトだ。
原始的でありながら、最後に頼る道具でもあるナイフ。
理想の形をデザインし、使い勝手をイメージしながら
仕上げていく作業には夢中になってしまい、
気付けば夜が開けている、ということが何度もあった。
「こんなに素晴らしいプレゼントは生まれて初めてだ」
と大喜びするキースの姿も忘れられない。
会う人会う人に、ナイフを見せては自慢する。
恥ずかしかったが、本当に嬉しかった。
このナイフについては更なるエピソードがある。
私が作ったナイフを見て、一度も会ったことのない
キースと北海道の師匠が響き合った、という話で、
私の生涯でも一、二を争う素敵な体験だった。
この話については、いつかまた別の機会に記すこととしたい。
しかし、実際の使い心地はどうなのだろうか。
自分では一度も使ったことがないので、
次回ユーコン訪問時には、
キースに貸してもらって試してみたいものである。
お問い合わせやご相談はこちらから。
お気軽にご連絡ください。
フォーム