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The Second Knife





これから二本のナイフについての話をしたい。

まずは、二本目から。






もし無人島に置き去りにされるとして、

何か一つだけ、道具を持つことが許されるとしたら、

私が選ぶのは間違いなくナイフだ。



狩猟では銃を使うが

最終的にとどめを刺すのはナイフであることが多く、

また、解体もナイフがないと手も足も出ない。

仮に熊と格闘することになっても、

最後に頼るのはやはりナイフだろう。



ナイフが、何かしら特別な存在感を放つ理由は

どこにあるのだろうか。

色々な神話や昔話の中でも

剣が魔力を帯びるストーリーは枚挙に暇がない。



実は昔から刃物が好きで、

上野のアメ横のナイフ店に立ち寄っては

色々なナイフを眺め、

学生の時にはGerberのフォールディングハンターを

ジーンズの尻ポケットに入れて持ち歩いていた。

今では銃刀法に触れてしまう行為ではあるが。





北海道に来て狩猟を始め、

こちらでの師匠がナイフ作りの名人であったことは

何かのお引き合わせだったのだろうか。

これまで、自分でナイフを作る、という発想は

私の中には無かった。

しかし、師匠が作った何本ものナイフを見せていただき、

さらにその指導を受けながらナイフ作りができると聞いて

心が踊り、飛びついた。



狩猟を始めて最初の二年は、

以前から持っていたGerber社の既製品ナイフを使っていた。

しっかりとしたハンティングナイフで

皮剥ぎなどは手早くできたが

切っ先の角度が緩いため、鹿に止め刺しをする時に

すんなりと刃を突き刺すことができなかった。






単身山に入り、長距離を歩く忍び猟。

用途ごとに何本もナイフを持っていく余裕はない。

一本で全ての作業をこなせるナイフが必要だ。

何度も何度も、頭の中で鹿の解体を再現する。

胸元から心臓の大動脈に向けて切っ先を突き立てる。

骨盤に沿ってナイフを回し、直腸を切り抜く。

わずかな骨の隙間に先端をこじ入れて関節を外す。

ブレードの弧を利用しながら大きくナイフを滑らせ皮を剥ぐ。

その全てを網羅できる、

切っ先の角度、刃の長さ、ブレードのカーブ、を考えていく。

そしてたどり着いた自分の中での理想形。

ナイフ作りの醍醐味はデザインにこそあると言えよう。



最もこだわったのは、ブレードの薄さ。

鋼材の厚みは4mmだが、

刃の部分は0.2mmまでに薄く仕上げた。



最初の段階では、ただのステンレスの板を

グラインダーでどんどん削っていく。

しかし刃が薄くなるにつれ、作業効率の良い電動工具は使えなくなる。

一度削り過ぎた刃を元に戻すことはできないからだ。

最終的な調整は全て手作業で行った。



髭剃りで使うカミソリの厚みが0.1〜0.15mm。

0.2mmは、ナイフとしては究極の薄さだろう。

カミソリで手を切ると、

痛みは感じないがざっくりと深く切れている。

同じように、

「鹿が、自分がとどめを刺されたことに気付かない」

というのが私のナイフのコンセプト。

銃弾に倒れた時点で、鹿は十分に苦しんでいる。

最後にとどめを刺す時には

少しでも苦痛を感じずに逝ってほしい。

いずれ山中でまみえるであろう鹿のことを考えながら、

長い時間をかけて少しずつ刃を仕上げていった。






工夫はシース(鞘)にもある。

通常、ナイフのシースは

右利きなら右の腰にぶら下げるように作られている。

しかし、ある程度の長さのあるナイフを

右手で右の腰から引き抜こうとすると、どうも窮屈である。



特に解体中は、ナイフを使いながらも

両手を自由にしなくてはならない場面が多く、

その度に無理な姿勢でナイフをシースに戻さなくてはならない。



なんとかならないものか、と考えていた時に

ふと頭に浮かんだのが武士の姿だ。

刀は右の腰ではなく、左の腰に斜めに差している。

これなら、抜き差しは格段に楽になる。

解体中は、左の腰に斜めにシースがついているのが

理想的なスタイルと考えた。



しかし、問題もある。

日本刀のように、腰に斜めにシースを取り付けた場合、

木々の中を歩いている時、

特に笹の中を無理矢理に藪漕ぎしている時などに

引っかかってしまうことが容易に予想される。

獲物を追いかけて仕留めるまでは、

シースは鉛直方向に真下を向いている必要がある。



そこでベルトループの途中にジャンパーホックをつけ、

歩いている時には垂直にシースを固定、

解体時にはホックを外して角度を変えることで

シースを斜めにできるようにしてみた。

名付けて「サムライシース」。

実際に使用してみるのが待ち遠しくてたまらない。






銘を入れるエッチング作業をお願いした

Matrix Aida様からは、

ナイフと共に詳細なアドバイスが送られてきた。

トッププロが私のような素人に

惜しみなくノウハウを提供して下さる。

これもナイフメイキングを通じてできたご縁だ。

イラスト付きの丁寧な手書きのお手紙は、

私の新たな宝物となった。






ナイフメーカーも、ハンターも、

数は少なくはないが

その両方をする人間は限られていると思う。

自分の作ったナイフで実際に狩猟を行う。

その喜びを噛み締められる今期の私が

類い稀な幸せ者であることは間違いない。






写真の記録を見ると、

最初に鋼材の切り出しを行なったのは

2019年7月13日。

完成したのは、2021年9月14日。

途中に二度の猟期を挟み、

全く作業をしていない期間が

何ヶ月もあったりはしたが、

実に2年2ヶ月の時間がかかった。

徹夜の回数は数知れない。

夢中になって刃を削っていると、

なぜかすぐに

朝がやってきてしまうのだ。



今思えば、夢中でナイフを作っている時間は

狩猟そのものであった。

私は頭の中で何度も鹿を追って山を走り

とどめを刺して解体を行なった。

今まで何度も見てきた、

鹿が苦しみながら死んでいく姿を反芻しながら

それが繰り返されないように考え抜いた。

そしてこれまで私に命をくれた鹿に、

これから私に命をくれるであろう鹿に、

祈りを捧げた。



古来、刃物に宿るとされる魔力。

それはきっと、

命というものを見つめ続けた末に

作り手の想いが否応なしに乗り移ってしまうのだ。



鈍く光る刃に、ぼんやりと映る自分の顔を眺めながら、

ふとそんなことを思った。

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