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2022年7月31日
虹の麓へ
先日、嬉しいものが届いた。
門標。
自分が開催する教室に掲げる看板。
何の教室かというと、いけばなだ。
元々草木や花が好きな私は、
２０１９年に、華道家元池坊の教室に通い始めた。
腕前は上がらなくても、
数年通えば職位だけは上がっていくもので、
現在は「脇教授三級」。
なんと、いけ方の手法は限定されてはいるが、
いけばなを教える資格を持つに至ったのだ。
実際のところは、人様にいけばなを教える実力など全くないのだが、
貰えるものは貰っておこうと、いそいそと申し込んでしてしまった。
どれだけ修行を積めば
確固たる自信が生まれるのかは分からないが、
いけばなは一生の趣味として楽しみたいと思っているし、
老いて狩猟ができない体になった時には、
近所の子どもたちにでも、いけばなを教えて過ごすというのも、
佳き人生ではないかと考えている。
実現できるかは別として、
この門標は、私の新たな夢に繋がる、有難い御札だ。
申請時に先生から、門標に書く名前、
即ち華道家としてどう名乗るかを決めろと言われた。
選択肢は二つ。
本名、或いは、雅号だ。
雅号とは、芸術家などが本名以外につける風流な名前で、
文学でいえば、漱石や啄木。
画家でいえば、大観や御舟。
かっこいいなあ、と憧れつつも、
自分のような無粋な人間に雅号など似合う筈もないと思い、
また正直、ちょっと恥ずかしい気持ちもあり、かなり悩んだ。
本名の「未来雄」は、気に入っている。
私の両親は、父が隆で、母はマサ。
最初、二人はその漢字や読みを分け合い、
マサタカ（政隆）と名付けるつもりだった。
母は、自分の名前が先に来るのを遠慮し、
タカマサを主張したが、父が、
マサタカの方が言いやすいから、と説得したそうだ。
黒田政隆。
戦国武将のような、威厳のある名前であり、
私はその名をいただいたとしても、十分に満足していたと思う。
しかしその後、父の中にモヤモヤが生まれた。
マサタカはありふれた名前で、
何かこう、もっとインパクトのある、個性的な名前はないものか。
（全国のマサタカさんごめんなさい、あくまでも父の私見です。）
密かに思案を巡らせていた父の心に、ある日突然、
「未来雄」という名前が閃いた。
「政隆」vs「未来雄」の選考は困難を極め、
私の命名は、最終的に父のポケットに入っていた
百円玉に託されることとなった。
運命のコイントス。
表だったら、夫婦で熟考した「政隆」。
裏だったら、父の心に急に降りてきた「未来雄」。
実は百円玉は、
桜の花が描かれているのが表で、
100の数字が刻印されているのが裏だ。
間違える人も多く、私自身も長らく誤解していた。
果たして当時の両親が、
硬貨の裏表を正しく認識していたかは分からず、
桜と数字、どちらの面が出たのかは
今となっては知る由もないが、
私は晴れて「未来雄」となった。
「その百円玉は、記念として大事にとってあるんだ」と
父は常々言っていたが、私にはついぞ見せる事のないまま、
認知症を患い施設に入所してしまい、真偽の程は不明だ。
これからも、名付け親の一人であるその百円玉を、
私自身が見ることはないだろう。
名は体を表す、とも言うが
名前というのは不思議なもので、
もし私が未来雄でなく政隆だったら、
全く別の人生を歩んでいたような気もする。
私にこの名前と、この人生を与えてくれた
二人の親と一枚の百円玉に、
この場を借りて、心より御礼申し上げたい。
長くなってしまったが、親から貰った本名を気に入っている一方、
自分の人生を決定づける新たな名前を、自分で考えてみたくもあった。
色々と考える中で、少し前に書いた文章を思い出した。
強い雨が上がり、急に日差しが降り注いだ時。
巨大な虹が、地平線から立ち上っていた。
その地点に自分が立ち、
七色の光の滝を浴びたいと強く願った時、
心に浮かんだ言葉だ。
「いつか行きたい、虹の麓。
近付こうとしても、遠ざかるだけ。
他人が見れば、私が虹の麓に立っている時もあるだろう。
しかし私自身は、それを知る由もない。
いつまでも辿り着けない、虹の麓。
嗚呼、一体幸せとは、
あの虹のようなものなのか。」
太陽の光は、全てのエネルギーの源。
私達の体内から地球上全てを流転し潤す水。
それらが一番美しい形で手を組んでいるのが虹だ。
どれだけ追い求めても、決して届かない美。
それこそが、得体の知れない、
幸せ、というもののようであり、
いくらいけても満足がいかぬ
いけばなの道のようにも感じた。
そしてよく見ると、
麓、という字。
林があれば、鹿までいるではないか。
狩猟採集民としてのいけばなを模索している私にピッタリだ。
結局、門標は「虹麓」の雅号で頂戴したい旨を、先生にお伝えした。
読みは、コウロク。
お調子者で、おっちょこちょい。
「おトキ〜 勘弁してくれよ〜」
と、すぐに泣きを入れそうで、
ちょっと情けなくて、ちょうどいい。
さて、「虹麓」という新たな名前。
一体、私にどんな人生を与えてくれるのだろうか。
奇跡的にこの世に生を受け、
しかも一度きりしかない人生。
ゴールなど見えていては、全く以ってつまらない。
虹の麓を求めて、ひたすらに彷徨う。
そんな一生が、自分にはお似合いだと思っている。
インディアンになりたい。
熊撃ちになりたい。
いけばなの先生になりたい。
他人から笑われてしまうような
無謀で荒唐無稽な夢だが、
全部、本気で追い続けてやる。
なぞと、調子に乗って気炎を吐いているうちに、
いつの日か、なんだか本当に、
虹の麓にさえ
辿り着けそうな気がしてきたのだから、
やはり名前というのは、不思議なものである。
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