2020年10月16日
さっき、ヤツが、
ここにいた。
山を登っている時にはなかった。
鹿を撃ち
解体が終わって肉を背負い
藪をかき分け林道に出たとき。
地面に鎮座する
緑がかった茶色の大きな塊。
ヒグマのフンだ。
みずみずしくて新しい。
狩猟では
まだ一度もこの目で見たことのない
憧れの存在。
山を登る私を
やりすごしながらじっと見守り、
鹿を解体する私を
少し離れたところから
ずっと見ていたのだろうか…
フンの内容物を見ると
ほぼ全てがコクワ(サルナシ)の実であった。
ヒグマが最も好んで食べる果実とも言われる。
近縁種を品種改良して生まれたのが
よく知られたキウイだ。
天然のコクワはこの時期甘さを増し、
その味は全くキウイそのもの。
ツタ植物なので大木に絡みつき
日当たりを求め上へ上へと伸びるので
手が届く場所で見つけた時の喜びはひとしおだ。
大きめの果実はまだ少し硬くえぐみがあり
少し萎んでシワシワになりかけたものが
圧倒的に旨い。
私は採る前に実を触り
柔らかさを確認する。
旬のものは旬のうちに食べるのが良い。
一週間、いや、2、3日でも
味は変わってしまう。
手当たり次第に目一杯食べても
手が届かない実はたくさんある。
なので私はコクワを見つけると
自分が採れる範囲の実は
心置きなく堪能することにしている。
しかし
ヒグマの新鮮なフンを前に
大量の鹿肉を背負ったこの時ばかりは
周囲のコクワを探す気にはなれなかった。
ヒグマは草食を主とした雑食性で
思ったほどに動物性タンパク質を摂らない
という話もあるが、
エゾシカを襲うことも
もちろん無いわけではない。
「クマのいっちょ食い」
という言葉があるらしい。
「雑食」という言葉のイメージとは裏腹に、
その時その時に食べるものは一種だけで
あまり色々なものを混ぜて食べない、
ということだ。
コクワばかり食べているということは
今は肉を食べようとはしないはずだ。
きっとそうに違いない。
と、自分に言い聞かせる。
そして全身の神経を耳に集中させ、
少しでも藪の中から
ガサガサと音がするたびに
肝を冷やしながら山を降りた。
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