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炎の太鼓 大地の歌







血湧き肉躍るビート。

単純極まりない打音が、ひたすらに続く、

ネイティブ・ドラム。

木の枠に動物の皮を張っただけの

至ってシンプルな太鼓だ。



リズムも単純明快。

「ドン・ドン・ドン・ドン」

という単なる四つ打ち。

そして心拍音を模した、

「ドドン・ドドン・ドドン・ドドン」

聞いたことがあるのは、

そのふたつのパターンくらいだ。



先住民の歌や踊りには、欠かすことができない。

部族の誇りであるトーテムポールを立てる時や

スティック・ギャンブリングという

先住民が一堂に会して行われるゲームの時など、

たくさんのドラマーが同時にビートを刻む。

人々は頭を振り、奇声を上げ始める。

経歴、出自、性別など、

人々を区分けする要素の全てを

撥による打撃が破壊する。

全ての人の心が束ねられ、

巨大な蛇のようにうねり、のたうつ。

ひとりの鼓動が皆の鼓動となり、

やがて大地の鼓動と化す。

会場を包み込むテンションが

あっという間に沸点に達する。



最も原始的で、最も熱狂的な楽器である

ネイティブ・ドラムを自分の手で作るのは

僕の長年の夢だった。






キースは、ドラムは作らない。

その代わり、ドラム作りの先生を紹介してくれた。

キースの彫刻の弟子、ジャード・ケイン氏。

まだ30代だが

デザインのセンスは秀逸で、精緻な彫刻技術が光る。

ユーコンの若手アーティストを代表する人物だ。

ドラム製作の名手で、

各地でのワークショップに引っ張り凧の人気講師でもある。

幸運なことに僕の滞在期間とジャードの休暇が重なり、

3日間に渡って特別に個人レッスンを受けられることになった。

本来は、前回ユーコンを訪問した

去年の9月にドラム作りを教えてもらうはずだった。

しかし、その前にキースと行ったヘラジカ猟で

獲物に恵まれないままに1週間近く山籠りすることとなって

タイミングを逸してしまった。

今回は、満を持してのレッスンだ。

場所は、キースのワークショップの片隅を

使わせてもらうこととなり、

別の街に暮らすジャードは

毎日車で1時間以上かけて通ってくれた。






ジャードが持ち込んだ材料は、

職人が作った直径18インチ(46センチ)の丸枠と

一枚の大きな皮の2点のみだった。



皮は、鹿(多分ミュール鹿)の

鞣していない生皮(Rawhide)だった。

長辺1.5メートル、短辺1.2メートル以上あり、

厚みもしっかりしている。

雄のものだ。

まずは、乾燥してプラスチックのように

カチカチになっている皮をぬるま湯につけてもどす。

湯温があまりに熱いと皮が茹だってしまい、

脆くなってしまうので、人肌くらいの温度が好ましい。



ぬるま湯から上げた皮を持って工房の外に出る。

水気を切るため、

長辺の両端をジャードと僕がそれぞれ掴み、

ギリギリと絞り上げる。

まるで二人で力比べをしているようだが、

屈強なジャードに敵うわけもない。

ジャードがグイグイと皮を捻ってゆき、

僕は強烈なトルクに皮を持っていかれないように

ただ耐えるのみだった。



生皮を作業テーブルの上に広げる。

銀面(毛が生えていた面)を下、

床面(肉側の面)を上にして、

背中の中心線から外側に向けてスクレーパーで削る。

豊かな響きを生み出すには、

伸縮性の高い皮が

高い張力で張られる必要がある。

硬くて分厚い皮を少しずつ削って薄くし、

更に厚さを均一に整えてゆく。

1時間以上スクレーパーを当てている内に

皮は乾燥してくる。

乾燥しすぎると削れなくなってくるため、

小一時間、また皮をぬるま湯に浸す。

しばしの休憩後、またひたむきに皮を削る。

初日は、これを3回繰り返す内に夜を迎えた。







翌日も、まだ真っ暗な内から

キースと共に工房に向かった。

一晩水に漬けていた皮を取り出し、外に出て絞る。

ジャードは昼からしか来ないので、一人で作業する必要がある。

ウッドデッキの階段の手すりに

二つ折りにした皮を引っ掛け、

撚り合わせながらなんとか絞った。



室内に入り、前日と同様に皮を削り始める。

全身の体重をかけ、

スクレーパーで皮をしごく。

屋外の気温はマイナス20℃にまで下がっているが

ジャンバーを脱ぎ、フリースを脱ぎ、

長袖Tシャツ1枚となった。

それでも汗が止まらない。



硬く手強い皮に挑みながら

僕は雄鹿にずっと語りかけている。

貴方の立派な皮で

素晴らしい太鼓を作ります。

大自然と人間の絆を育む鼓動を

高らかに奏でたいのです。

どうぞ貴方の力をお貸しください。



ワークショップの真ん中では、

キースが巨大な彫刻に取り組んでいる。

僕がスクレーパーで皮をゴリゴリしごく音と、

キースが木をサクサクと削る音だけが

工房に響いている。

キースは何を考えながら

彫りかけの巨木と向かい合っているのだろうか。

二人とも無言で

各自の作業に集中しているが、

お互いの存在を感じ合っている。

全く言葉を発してはいない。

しかし、なんと豊かな会話だろう。

僕らが手に持つのは工具であって楽器ではない。

しかし、なんと美しい合奏だろう。

それぞれが、

自分が創り出すものの境涯を案じ、

それが世界に何をもたらすかを考えている。

それらが少しでも

人々の心に響くものとなるように願い続ける。

僕らは手を動かすことで

語り、奏で、祈るのだ。






昼にはジャードも来て、

彼自身のドラムを作りはじめた。

元々薄いメスの皮を更に削り、

向こう側が透けて見えるほどになっている。

張りのある高めの音となりそうだ。



僕も彼の隣で入念に皮を削る。

午前と午後に1回ずつ、

初日の作業を含め、

都合5回のスクレーピングを終えた。

時間は既に17時。

二日間ずっと皮を削り続け、

肩はパンパンに張り

握力はほとんど残っていない。

連続作業はもう無理で

次のスクレーピングは翌日に回さざるを得ない、

と思っていたところでジャードのOKが出た。

彼のお手本を見ていたので、

皮が透けるまで

薄くしなくてはならないのかと思っていたが

必ずしもそうではないらしい。

確かにジャードが手にするメスの皮ほどに薄くはないが、

伸縮性は随分高くなり、

引っ張った感触は

もはや皮というよりはゴムシートのようだ。

ジャードが言った。



「これは絶対にいいドラムになるぞ。

 Boom, Boom! Boom, Boom!!

 深くて重たい響きだ。

 俺には既にドラムの姿が見える。

 ビートが聞こえてくる。」



嬉しい言葉に、疲れが一気に吹っ飛んだ。

その勢いのまま、






リムに皮を張る作業に突入した。

打面にするのは、銀面でも床面でもどちらでも良いとのこと。

通常の財布作りなどと同じで、

銀面を表にするイメージだったので意外だった。

ジャードはいつも、

床面の方を表にするそうだ。

後で絵を描きたくなった時に

床面の方が絵の具の乗りが良いのが理由だ。

僕も彼に倣い、

床面を表、銀面を裏にすることにした。



まずは、大きな皮からどの部分を切り出すかを決める。

皮の下にリムを差し込み、中心を押さえて大きく凹ませる。

乾燥するにつれ皮はかなり縮んでくるために

余裕を持たせるためだ。

たるみは手のひらの部分がテーブルに付くくらい。

それ以上では張りが十分でなくなるし、

それ以下では皮が破けたりリムが壊れたりするらしい。



皮には元々小さな穴がひとつ開いていた。

ライフルの弾の跡と思われる。

リムの部分に穴があるのは問題ないが、

打面に穴が開いていてはならない。

皮の下でリムを動かして位置を調整した結果、

肩から腰にかけての部分を使うことになった。



外側の皮を、リムが立ち上がっている面に綺麗に寄せる。

外周から指の幅3本分くらいのところに

一周する印を爪でつける。

ジャードの指で3本なので、

僕の指なら3.5本くらいだろうか。

そこを皮専用のハサミで

ざっくりと切り取る。



裁断が終わると、

皮のたるみを保ちながら全体を裏返す。

これで、打面が下、持ち手面が上となる。

リムの内側に皮を折り返し

縁から2センチくらいを残して

より精密にもう一度切り取る。



続いてリムの内側ギリギリのところに

ハサミの先端で少しだけ切り込みを入れて

穴をあける。

親指の横幅の間隔をあけ、

リムの内周全てに

綺麗に穴が並ぶようにする。



続いては、革紐を作る。

材料は打面を取った生皮の残りだ。

角を落としてトリミングし、

外側から内側に向けてグルグルと切る。

まるで蚊取り線香のような状態だ。

幅は1/4〜1/2インチ(6〜12ミリ)。

強度を一定に保つため、

皮が厚い部分の幅は細く、

薄い部分は広くして

断面積を等しくするように心掛ける。

出来上がった革紐を

リムの内側に並んだ穴に通しながら一周かがり、

革紐のテンションを調整する。

乾かすために壁に立てかけ、

この日の作業は終了。

そこまでの皮を削ぐだけの作業から一転、

随分と完成形が見えてきた。






三日目は、持ち手部分を革紐で作る作業に取り掛かる。

昨日よりも革紐をたくさん使うため、

朝は革紐作りに励んだ。

ぬるま湯から上げた生成りの皮は

白く艶やかに光る。

それを6ミリ幅で切ると

うどんにそっくりで、

12ミリの部分はきしめんそのものだ。

「ジャパニーズ・ヌードルにしか見えない」と言うと

「箸を持って来て、たらふく食べたらいい」と

キースが冗談を飛ばす。




午前10時頃にジャードが到着し、

持ち手の編み方を教えてもらう。

中心から放射線状に革紐が伸びる形となり、

線の数は4〜6本の中から選ぶ。

4は彼らの基本の数で、

季節や方位を象徴する。

5は星、6は太陽のモチーフだという。

少し悩んだが、

見た目のバランスの良さから

6本とすることとした。



革紐の根本に穴を開け、

その穴が、太鼓の円の中心となるようにする。

そこから外周に紐をかけて折り返し、

中心の穴を通して

対角線上の外周に伸ばしてまた折り返し、

を繰り返す。

中心から伸びる6本の持ち手が出来上がると、

最後はクモの巣のように中心に革紐を巻いて留める。



まだ濡れている革紐の持ち手に

力がかかると伸びてしまうので、

太鼓はリムを持って取り扱う。

扇風機の前に注意深く立てて

倒れないように支えを置く。



16時半。

遂に、作業が終わった。

あとは時間をかけて乾かすだけだ。

ようやく、長年の夢が叶った。

ジャードと固い握手を交わした。



彼の懇切丁寧な指導があってこそだが、

初めて作ったとは思えない

ネイティブ・ドラムの出来栄えと共に、

僕はその製作過程にも、深い満足を覚えていた。







事の発端は3年ほど前に遡る。

師匠であるキースの工房に出入りしていたジャードは、

僕が以前キースにプレゼントした

日本の職人が作った彫刻刀を気に入り、

是非自分も同じものが欲しいとキースに相談した。

キースは僕に

「次にユーコンに来るときに、

ジャードのために彫刻刀を持って来てくれ」

と連絡してきた。



2年前、僕は依頼のあった6本の彫刻刀を携えて

ユーコンを訪問した。

ジャードとは、キースの娘の家で初めて会い、

直接彫刻刀を手渡すことができた。

明るく気さくな人柄。

共に狩猟が好きなこともあり、

僕らはすぐに意気投合した。

念願だった日本製の彫刻刀を手にしたジャードは

とても喜んでくれたが、

しばらくして1本の彫刻刀の柄を折ってしまい、落胆していた。

キースは「なんせ、あいつは怪力だからな」と笑っていた。



去年の9月、

ジャードにドラム作りを教えてもらえることになった時には

ジャードへの謝礼はお金ではなく、

もう二度と手に入らないような

美しい鑿や彫刻刀をたくさん買って行った。

もちろん、ジャードが柄をへし折ってしまった

彫刻刀の替えも持参した。

残念ながらその時に教わることはできなかったが、

ある意味、前払いは済んでいるような状態だった。

ジャードは、前の週にヘラジカを獲っていて

干し肉をくれた。

塩だけで味付けをしたというその干し肉は

力強くて本当に美味しかった。

そして今回、ジャードは律儀に約束を守り、

3日間という時間を僕のために費やしてくれたのだ。



本当にネイティブ・ドラムが作りたければ、

ワークショップは各所で開催されている。

ネットなどでそれらを見つけて

申し込むことも可能だったが、

焦らずにじっくりと時間をかけることで

近しくなった友から最高の形で学ぶことができた。






またもう一点、今までのステイと違ったのが

道具を手作りできたことだった。

皮を削るのに使うスクレーパーだ。

彫刻刀や手斧なども自分達で作ってしまう彼らは、

当然のようにスクレーパーも手製だった。

刃の部分は使い古した丸鋸などから削り出す。

持ち手の部分は、

ヒッコリーなどの硬い木や鹿の角を使っていた。



皮を水に浸してふやかすための隙間時間を利用し、

僕はスクレーパー作りにも取り組んだ。

すり減った丸鋸の刃と、持ち手に使うヘラジカの角は

ありがたいことに、両方ともキースがくれた。

丸鋸の刃をバイスに固定して

ディスクグラインダーで外形を切り出し、

ベルトサンダーで刃をつけ、

三角ヤスリでギザギザの溝をつける。

ヘラジカの角を持ちやすい形に切り出し、

鋸で溝を入れ、そこに鋼の刃をはめ込む。

自分が使いやすそうな形をイメージしながら、

厚刃、薄刃、両刃、片刃、溝の有無など、

バージョンを変えながら

結局5つも作ってしまった。



僕はその内、自分で獲ったエゾシカの皮を使って

ネイティブ・ドラムを作りたいと思っている。

生皮を削るスクレーパーなどどこにも売ってはいないし、

日本でなら尚更入手は困難だ。

素材も工具も揃っている今のうちに作らないことには

後々苦労することは目に見えている。

今回、皮を適正な厚さまで削るのに、2日近くを要した。

日本に戻って自分でドラムを作ることを考えると、

手伝いは大歓迎だし、

ワークショップ形式をとるのも楽しそうだ。

たくさんスクレーパーを作ったのには

そうした理由もある。



道具を自分で作ることは本当に楽しく、学びが多い。

道具を作っている間は、

それを使ってどんな作業をし

どんなものを生み出すかをずっと考えている。

完成したものが思いの外

使い勝手が良かったりすると、

喜びもひとしおだ。

そして自作の道具で作業を完遂すると、

その成果物は

より自分と近しい契りを結んだものとなってくれる。

それが嬉しくて堪らないのだ。



ところが、道具作りには時間がかかる。

会社勤めをしながら、

1週間の休暇を利用してユーコンに通っていた頃には、

狩猟、解体、毛皮なめし、などの作業はできても

道具を自作するまでの余裕は無かった。

5つのスクレーパーは、

「会社を辞める決断はt間違いではなかったね」と

僕に語りかけてくれている気がしている。







ジャードが帰った翌日、

期待に胸を膨らませてワークショップに向かう。

太鼓は昨日より随分軽くなり、完全に乾いているようだ。

恐る恐る、叩いてみる。

ドゥーン、という深い響き。

徐々にボリュームを上げる。

振動が足元から這い上がってくる。

すごい。



キースも叩く。

「これはいい、まるで雷のようだ」

素晴らしい褒め言葉だ。



しかしその日の夜、

自慢のドラムをキースの家に持ち帰ると、

ボヨンボヨンという

情けない音しかしなくなってしまった。

湿度にとても敏感で、

少しでも湿気があると皮が弛んでしまうのだ。

そもそもの張力が弱すぎたのだろうか。

皮を張り直すしか、手はないのかもしれない。

僕が頭を抱えていると、

キースが僕から太鼓を取り上げ、

薪ストーブの上にかざした。

そして打面を優しく手で擦り始めた。

10分以上が経過すると

温まって乾燥したドラムは完全に復活し、

再び力強い音を奏でるようになってくれた。

安心すると共に、

この太鼓の繊細さを知った。



実は、ドラムの皮が弛むのはよくあることらしく、

お祭りの時などでも

雨が降れば音が出なくなってしまう。

その時は、大きな焚き火をおこして

皆で太鼓を温めてから演奏を開始するそうだ。



この楽器は、

きちんと世話をしないことには歌ってくれない。

炎を通じて体温を与え、

打面を撫でて可愛がる必要がある。

まさに生きものなのだ。



北海道は、きっと厳冬期のユーコンよりも湿度が高い。

もしかすると、太鼓を叩こうとする度に、

まずは火を起こすところから

始めなくてはならないかもしれない。

面倒に思える一方、

それはとても素敵なことにも思えた。

焚き火をしないと叩けない太鼓。

なんと手が掛かり、なんと愛おしい存在なのだろうか。






さて、念願のネイティブ・ドラムは手に入った。

次は、何を歌うかだ。

ところがここで、意外な障壁が立ちはだかった。

歌について質問するとジャードもキースも、

歌については知らない、とか、よく分からない、などと

はぐらかされたような返事しかくれない。

挙げ句に、ミキオが自分で作ったらいいのではないか、

とも言われた。

他のことは何でも惜しみなく教えてくれるのに、

歌を教えてほしい、という至ってシンプルなリクエストには

なぜか応えてくれないのだ。

特段に過剰なお願いや、失礼を働いているとも思えないし、

何が問題なのか分からないが、

とにかく誰も教えてくれない。

これでは、せっかくドラムがあっても

どうしたら良いのか分からない。



その後、歌を教えてもらえない理由が判明した。

本来ここでは、歌というものは特定の一族や人に

属するものなのだという。

他の人の財産である歌を

部外者である僕が勝手に歌うことは許されないのだ。

これには驚いた。

歌というものの捉え方が、

僕が培ってきた一般常識と大きく乖離している。

僕にとって歌とは

旋律の美しさや歌詞のメッセージを

皆で分かち合うためにこそ

存在するものだという認識だった。

著作権はあるが、いい歌は多くの人が共有する。

カラオケなどがいい例だ。

それがユーコンでは全く違う。

20年近く通って初めて知る新事実だった。



そんな僕を救ってくれたのは、

キースの奥さんのドナだった。

クリンギット族の皆が歌える歌があるという。

キースもはたと膝を打ち、

微妙なラインではあるが

それならギリギリ許されるかもしれない、と言ってくれた。



数日後、ようやくその歌を教わることができた。

ただし、オープンな場でそれを歌うことは御法度だ。

ネット上の動画サイトにアップロードするなどは

もってのほかだ。

また、歌う際には、作曲者の名前や、

歌がどのように伝えられ、

なぜ自分がそれを歌うことが許されているのかなど、

歌の出自も明らかにしなくてはならない。

色々な注意点も同時に教えてくれた。

そこまで大切な歌を

僕に教えてくれたことは

限りなく名誉なことであり、

キースとドナには感謝の念に堪えない。






斯くして、11回目となったユーコンでの滞在は

またしても、とても意味深いものとなった。



命によって産み出されたネイティブ・ドラム。

仕留められた雄鹿はもはや、

いななくことも

足を踏み鳴らすこともない。

しかし太鼓に生まれ変わった彼は

新たな鼓動を奏で、人々を奮い立たせる。



そしてこの地に暮らす人々が、

代々大切に守り続けてきた歌。

ゆったりとしたドラムに乗せられたメロディーは

とても抒情的だった。

歌詞の英訳を読んだ時には、

思わず涙が溢れた。

そこには、

母なる大地への深い愛、

祖先への敬意や一族への想いが

シンプル且つ力強い言葉で綴られていた。



かけがえのない歌を受け継いだものとして、

彼らの心を、生涯をかけて歌い続けてゆきたい。









コメント

  • 吉田信一 より:

    いいですね〜

    古来より丁寧に作った道具には
    魂がやどると言います、長く使い続ける
    あじ、もでてきます音も変化してゆくで
    しょう、一度音色を聴いてみたいですね。

    • huntermikio より:

      吉田信一さま
      アイヌは湯呑み一つにもカムイが宿る、と言っていたと聞きました。
      太鼓にも確実に宿っているのでしょうね。
      一生大切に叩き続けます。
      楽しみです。
      黒田未来雄

  • 金子奈央 より:

    ブログのお話とても興味深く読ませていただきました。
    ネイティブ・ドラムというものを初めて目にしましたが、大地と自然の力を感じるすごく特別な楽器ですね。
    本当に魂や命が宿っている感じがします。
    ドラム作り自体が儀式のようでとても神聖なことのような気がしました。
    黒田さんの本の続きのような貴重なお話を読ませていただきありがとうございます。
    また機会がありましたら色々とお話聞かせてください。

    • huntermikio より:

      金子奈央さま
      確かに、ドラム作り自体が、祈りの過程であり、
      一つの儀式のようなものだったのかもしれません。
      星空の下、焚き火を起こして叩けば
      何か素敵なことが起きる気がします。
      コメント、ありがとうございました。

      黒田未来雄

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