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悲しき初対面




狩猟では一度もヒグマを見たことがなく

いつかは遭遇してみたいものだと

常々思っていた私にとって

悲しい出会いがあった。



熊の足跡の濃い林道で車を走らせていると、

土手の下に真っ黒な塊がうずくまっている。

冬季のオスのエゾシカはかなり黒っぽく見えるが

その比ではない。



車の中に居ても全身に緊張感が走る。




物音を立てても全く動かないそれに

命の気配はない。



それでも恐ろしい。



怖々と近づくと

やはり死んだヒグマであった。





前日にハンターに撃たれて逃げたものが

力尽きて倒れたのだろうか。

凍ってはいるが

目ざといカラスにもまだ突つかれていない。

昨晩死んだばかりのものではないかと思う。



半開きになった目は正面を見つめ、

牙がむき出しになった口からは

少し血が出ていた。




キムンカムイ。

山の神とアイヌに崇められてきた

憧れのヒグマ。

こんな形で出会いたくはなかった。



その表情を見つめながら

この熊が最期の瞬間に何を想ったのか、

色々と思いを馳せる。

しかし、所詮それを

私が知ることはできない。



もし私の想像通り、

ハンターに手負いにされたヒグマだったらと思うと

胸を掻き毟られるような思いになる。



そしてまた自分の身勝手さに立ち返る。



私自身、これまで鹿に発砲し

命中はしたが逃げ切られたことがあるではないか。

ハンターなら少なからず

同様の体験があるはずだ。



自分が半矢にしてしまった鹿。

生き延びた者もいれば

そうでない者もいるだろう。



事切れたヒグマを前に

これだけ心を痛めている自分は、

全く同じことを鹿に対しても行なっているのだ。

そんな自分がこの熊を哀れむことさえ

おこがましいことなのかもしれない。



雪が降り始めるが寒さも感じず、

どれだけ立ち尽くしていただろうか。



「確実に獲れる状況でなければ

 絶対に撃つな。

 撃ったからにはどんなことがあっても

 最期まで責任を取れ。

 我が命、決して無駄にしてくれるな。」



自分で撃ったヒグマではないが、

その最後の吐息を、

キムンカムイからのメッセージを、

私が受け取らせていただいたような

厳粛な気持ちになった。



軽い力で落ちる引き金。

そのとてつもない重さを

改めて肝に銘じる。



ふと我に帰る。



ヒグマはヒグマの肉も好むという話を

聞いたこともある。



急に体が震え始めたのは

寒さに気づいたからだけではない。

ぞっとして辺りを見回す。



最後の黙祷を捧げ、

足早にその場を立ち去った。



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