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土饅頭




今年も銃猟入林禁止区域が多い北海道。

私の車でも走ることができる

数少ない林道を行く。



ゲートを開けた途端。

目の前にベタベタとつけられた足跡。

ヒグマだ。






例年12月中旬から下旬には

穴に入って冬ごもりをするヒグマ。

その前に体を作り上げようと

広範囲に歩き回って食べものを探す。



しかしこの日は異常なほどに

足跡が多い。

鹿の足跡より多いくらいだ。



親子連れの足跡に

中型、大きなオスと思われるものまで

何頭分もの足跡が林道のそこかしこで見られる。

一度にこんなにたくさんの熊の足跡を見たのは

北海道では初めてだ。




ヒグマの背こすりの木も発見する。

樹皮にはヒグマの縮れた毛が付いている。

体を立たせるときに木に抱きついて起き上がるのか

脇に爪痕もくっきりと残っている。

しかもまだみずみずしい新鮮な跡だ。





道路脇に落ちている糞を見ると

コクワの実に加え白い毛が混じっている。

エゾシカの毛だ。

ハンターが撃った鹿の残滓を

食べているに違いない。

硬くしばれた林道の上、

まだ完全に凍ってもいない。




正直、車から降りるだけでも勇気がいる。



しかし特に足跡の濃い筋を見つけると

居ても立っても居られない気分になり、

意を決して少し辿って見ることにした。




鹿を追う時とは比べものにならない緊張感。

一つ歩を進めるごとに周囲を見渡し、

耳を澄ませて匂いを嗅ぐ。

熊には遠く及ばないものの

五感を必死に研ぎ澄ませる。

普段の何倍もの時間をかけて

ジワジワと進む。



林道から外れて30メートルも行かない内に

異変を感じた。




低い笹薮の先のトドマツ林の中。

土が荒れている。

よく見ると大きな鹿の角が

土から突き出ているではないか。


話に聞く、鹿の土饅頭。

熊が鹿を土に埋めたものだ。




鹿を見つけた熊は

死体を居心地の良い場所まで引きずって運び、

ある程度食べた後に一旦埋める。

そして少し離れたところに陣取り、

何度も食べに戻ってくる。



そうしたヒグマの習性は

よく聞く話ではあったが

実際に自分で見つけたことはなかった。



先ほど見つけた糞も

この熊のものかもしれない。



自分のものと思った獲物に対する

ヒグマの執着心は凄まじい。

それを横取りしようとするものには

容赦無く攻撃を加える。



1970年、日高山脈のカムイエクウチカウシ山で

1頭のヒグマが3人の大学生を殺害した

福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件も

熊が漁っていた彼らのザックを

取り返してしまったことが原因だったと言われている。



一気に冷や汗が出る。



周囲を見渡すが見通しは悪い。

本当は木立を抜け

その先の沢筋や斜面などを見てみたかったが

早々と断念する。



ちょっとした窪みがあれば

完璧に体を隠してしまうというヒグマ。

薮の中を必死に目を凝らしながら歩いても全く見えず、

2−3メートルの距離から急に立ち上がって逃げ出したという話もある。



ゆっくり来た道を

倍の時間をかけ戻り

車にたどり着く。

ようやく普通に呼吸ができるようになる。

狩猟どころの話ではない。

ヒグマを狩ることの難しさと恐ろしさ、

そして自分の経験や技術の不足を痛感する

貴重な体験であった。



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