2022年12月21日
チーフ・シアトルのスピーチを、ご存じだろうか。
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ワシントンの大首長が
土地を買いたいといってきた。
どうしたら 空が買えるというのだろう?
そして 大地を。
わたしには わからない。
風の匂いや 水のきらめきを
あなたはいったい
どうやって買おうというのだろう?
わたしは この大地の一部で
大地は わたし自身なのだ。
だから 白い人よ
どうか この大地と空気を
神聖なままに しておいてほしい。
草原の花々が甘く染めた
風の香りを かぐ場所として。
わたしが立っている この大地は
わたしの祖父や祖母たちの灰から できている。
大地は わたしたちの命によって 豊かなのだ。
それなのに 白い人は
母なる大地を 父なる空を
まるで 羊か 光るビーズ玉のように
売り買いしようとする。
わたしには あなた方の望むものが わからない。
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※「父は空 母は大地 Chief Seattle’s Speech 1854」
寮美千子 翻訳 より抜粋
1854年、アメリカ合衆国大統領は、
ネイティブ・アメリカンの土地を買収し、
代わりに居住地を与えると申し出た。
スクオミッシュ族とドゥワミッシュ族の
部族連合の代表であるチーフ・シアトルは、
その条約に署名した時に大統領に宛てたスピーチを行った。
大地への愛に溢れたその言葉は
白人を含む多くの人たちの心を強く打ち、
今に至るまで、大切に語り継がれている。
そもそも、土地を所有するという概念は
狩猟採集民族にはなかった。
人類史の観点から見れば、
農耕文化が始まって生まれた比較的新しい考え方であるにも拘らず、
現代社会に於いては、土地は最も高価な財産のひとつとなっている。
その評価基準も大きく変容している。
土がどれだけ肥沃か、水は得られるのか、木々の実りは豊かか、
といったことは、最早全く重要ではない。
アスファルトに覆われ、草一本生えることのできない場所。
主要な鉄路が集結した高層ビル街こそが
一番価値があるとされている。
チェロキー族出身のメディスンマン、ローリング・サンダーは、
親交のあった日本人に
「よくおまえたちは自分の母親を切ったり売ったりできるものだな」と、
日本人が世界で一番高い値段を大地につけていることを嘆いたという。
※「定本 虹の戦士」 翻案 北山耕平 より
かつて私たちの祖先に
命を繋ぐために必要な恵みの全てを与えてくれていた大地は、
路線価の上昇を虎視眈々と狙う
相場師の戦場へと姿を変えてしまった。
動植物や湧水の代わりに
多額の現金を生み出すことを求められるようになった大地は、
幸せな気持ちを保ち続けることはできるのだろうか。
硬い舗装の下で息もできないままに
私たちを愛し続けることはできるのだろうか。
さて、北海道の家に話を戻そう。
東京に戻った私のもとに、
再び町内会長のHさんからメールが来た。
売ってもいい、という家をまた見つけたという。
文面の中にある「一押し」という単語が目に飛び込んできた。
前回の訪問時、
私の趣向をかなり把握したはずのHさんが
そこまで勧めて下さる物件とはどんなものなのか。
ひと月後、私はまたしても北海道に飛んだ。
家主のYさんのご自宅を訪ね、
早速、その場所に連れて行っていただく。
それは、山に間借りするように遠慮がちに佇んでいる、
まさに理想的な家だった。
庭には獣道がつき、その奥は緩やかに森に溶け込んでいた。
そこにささやかな流れを見つけた時は、目を疑った。
自宅の敷地に小川が流れている生活は、
私が長年、夢に描いていたものだったからだ。
続いて家の中を見せてもらった。
居間に入った瞬間、
自分の子供時代にタイムスリップしたような気持ちになった。
壁に沿って置かれたいくつもの本棚が、
びっしりと本で埋め尽くされている。
リビングも廊下も屋根裏も、
本だらけだった私の実家を彷彿とさせた。
よく見ると、その多くが児童書だった。
ドリトル先生シリーズ全巻に、大草原の小さな家、松谷みよ子の作品など、
まさに私が子供の頃に夢中になって読み耽った愛すべき本。
懐かしい友に、意外な形で再会できたのだ。
それらは全て、Yさんがご自身の子供さんのために
買い集めたものだという。
我が子の心を育まんとする母親の、
深い愛情を感じた。
Yさんの息子さんは、私より少し若いが同世代だ。
だから、本を購入したのはずいぶん昔だが、
捨てるのが忍びなくて、保管してあるとのこと。
これだけの本を求め、時間が経った今も宝物のように扱う。
素晴らしい方に出会った、と思った。
その後、自分が住んでいないこの家を
有効活用したいと思ったYさんは、
地元の芸術家に使ってもらうというアイディアを思い付いた。
そして、若手アーティストが集まる合宿所として
何年も無償で提供していたという。
立地だけではなく、
この家に流れてきた時間や、
込められてきた想いにも
強く惹かれるものを感じた。
ここだ。
ここしかない。
ようやく、巡り逢ったんだ。
そう思った。
家屋の確認申請や接道条件など、
法規的な部分を何点か精査するのに
かなりな日数がかかったが、
結局、なんとかなりそうなことが判明し
私は正式にその家を購入したい旨をYさんにお伝えした。
そして、家の行末を案じているYさんに、
私が移住後にどのような活動をしていきたいかも
きちんと説明させていただいた。
Yさんは、私が書いた記事が掲載されている雑誌や
自作の童話をはじめ、
ブログにアップしてきた全ての記事を読み、
お返事を下さった。
あの家は未来雄さんにお譲りします。
お金は要りません。
どうかあの場所で、あなたの夢を叶えてください、と。
土地と家を、無料で手に入れる。
今の日本では考えられないことが起きた。
それは、ネイティブ・アメリカンように
生きたいと考えている自分にとって、
より大きな意味を持っていた。
「母なる大地は、金銭で売買するようなものではない」
とする彼らの考え方に共鳴していても、
それを実践することは不可能に近い。
今回の一件は、類稀なる天恵であり、
山神からのメッセージであるようにも感じた。
斯くして、人生最大の買物と思って見に行った家は
人生最大にして、最高の贈物となった。
大地と、そこに暮らしてきた人たちの想いを
私は受け継がせていただいたのだ。
この幸せを、言葉にする術を持たない私は
再び、チーフ・シアトルの言霊に縋ることにしよう。
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あらゆるものが つながっている。
わたしたちが この命の織り物を織ったのではない。
わたしたちは そのなかの 一本の糸にすぎないのだ。
生まれたばかりの赤ん坊が
母親の胸の鼓動を したうように
わたしたちは この大地をしたっている。
どうか 白い人よ
わたしたちが 大切にしたように
この大地を 大切にしてほしい。
美しい大地の思い出を
受け取ったときのままの姿で
心に 刻みつけておいてほしい。
そして あなたの子どもの
そのまた 子どものために
この大地を守りつづけ
わたしたちが愛したように 愛してほしい。
いつまでも。
どうか いつまでも。
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