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メスを撃つということ




※本記事は狩猟や解体に馴染みのない方、

 感受性の強い方(特に女性)は

 閲覧をお控えください※



メスを撃ったのは、本当に久しぶりだった。



去年は猟期の途中で怪我をしてしまい

エゾシカの捕獲は七頭に留まったが

なんと全てがオスだった。



メスの方がクセもなく臭いもしないと

メスばかりを撃つ人も多いが、

私が好んで撃つのはオス。

しかも多くの人が敬遠する

大きなオスを狙うのが好きだ。



それには理由がある。



林道を出て、重いゲートを閉める。

「ギギーッ!」と軋む耳に痛い金属音が

辺りに響き渡る。



その時、斜面の上の方から

「キャンッ!」という鳴き声が聞こえた。

鹿の警戒音だ。



距離は数十メートルといったところか。

声質の甲高さと細さから

メスか若いオスだろうと思った。



日の入りまでにはまだ時間があるが

降り始めた雪のせいで早くも暗くなり始め、

昼間に隠れていた鹿が

草を食べに出てきてもおかしくない。



林道のダイアルロックをかけながら、

この時期のメスなら撃ってもいいかな、

などと考え始める。



山奥のゲートを出ても

周囲はまだ銃猟の許可地域だ。

ゲート脇の分岐の

細い砂利道を上がったところに

空き地があることは知っていた。

鹿は多分そこにいるのだろうと推測した。



車に戻る。

銃を助手席に置く。

動きの流れをイメージする。

エンジンをかけると同時に

アクセルを踏み込み

砂利道を駆け上がる。

急カーブを曲がり切ると同時に

目の前に空き地が開ける。



いた。



二頭のメスが

思った通りのところに立っている。



車を停め

銃を鷲掴みにして飛び出る。



逃げる鹿。



弾を込め

膝をつき銃を構える。



棚田のように

中間に数メートルの段差がある空き地。

二頭は一段上がったところで立ち止まった。

距離は50メートルといったところか。

スコープのど真ん中に入っている。

絶好のチャンス。

首を狙い、迷いなく引き金を引く。



一頭は崩れ落ち

一頭は脱兎のごとく逃げ去った。



車に飛び乗り

一段上の空き地へ。



坂を登ると

森との境目に

逃げたはずの一頭が立っている。

何が起きたのか理解できていないのか。

距離はさっきよりも近い。

思わずまた車から飛び出て

本能的に銃を構えてしまう。



しかし撃ってはならない。

一頭獲れば十分だ。



銃を下ろし

「行きなさい」

と心の中で呼びかける。



踵を返して木々の中に消えていく鹿を

ホッとした気分で眺める。



そして倒れていた一頭の元に駆け寄る。



既に意識は無さそうだ。

止め刺しのナイフを入れた一瞬に

体がビクッと震えただけ。

喉元から一気に血が吹き出し

心臓が動かなくなると共に止まる。



近くに丁度良い枝ぶりの木があり

そこまで鹿を引きずる。

重いと言えば重いが

巨大オスに比べれば楽なものだ、

木に吊るし解体を進める。



骨に肉が残らないよう

丁寧に丁寧にナイフを入れていく。



地面は雪に覆われ、

外した肉を置いても土に汚れることはなく

更に熱も取れる。

鹿を捌くにはいい季節になったものだ。



ネックショットなので

どこも傷んでいない。

血も良く抜けている。

綺麗な肉。

味も素晴らしいはずだ。




インディアンの師匠の教えの通り

気道を切り取って枝に刺す。

風通しの良い場所を選び、

気道を風が吹き抜けるようにする。

もはや呼吸をすることのないこの鹿が

巡り巡ってまた別の命となり

再び新鮮な空気を吸えるように祈るのだ。




内臓も取れる部分を取っていく。

心臓、肝臓、場合によっては

ハチノス(第二の胃)やセンマイ(第三の胃)。



そして最後に

私がメスを撃つのを躊躇する理由に行き当たる。



膨らんでいる膀胱の隣、

膀胱そのものにも少し似た半透明の袋。

子宮だ。



メスはほぼ確実に妊娠しており、

受精卵は成長を続けている。

以前、12月末に撃ったメスのお腹の中では

完全に胎児の形となっていた。



この時に感じる深い罪悪感。

解体していて最も気が滅入る瞬間だ。



もちろん子宮を開けずに

土に埋めることは可能だ。

そうしている人たちを非難するつもりはないし、

逆にその方が命に対して失礼のないやり方だ

という意見もあるだろう。



しかし私は必ず子宮を開ける。

この罪悪感から目を逸らしたまま

「きちんと命をいただく」

などという言葉を発することに

違和感を感じるからだ。



この時期ならまだ形を成していないのでは。

そう思いながら恐る恐るナイフを入れる。

胎児の形になっていないから

命ではない、という訳ではない。

全く以って自分の心を

誤魔化しているだけではあるのだが。

しかし私の期待は

敢え無く裏切られることになった。



透明な液体が垂れ

最後にドロリとした塊が

雪の上に流れ出る。




その中には、

豆のような形をした

驚くほど透明で弾力のある

ゼリー状の膜に包まれ、

ピンク色をした

小さな小さな胎児がいた。



脚がまだ長く伸びていない姿は

12月時点の鹿の胎児よりも

より人間に近いものに感じてしまう。



子鹿は本当に可愛いものだ。

何の理由もなくはしゃぎ

勢いよくダッシュを繰り返したかと思うと

母親の周りをピョンピョン飛び回る。

見ているだけで無意識に

顔がほころんでしまう。

この子も本当はそうなるはずだったのだ。



一頭のメスを撃つということは

命を二つ殺めるということ。

「メスの肉は臭みがなくて上品」と

舌鼓を打っている方々には

是非このことも肝に命じて欲しいと思うのは

考えすぎというものだろうか。



雪から胎児を拾い上げ

手に乗せる。



改めて本当に小さい。

何の重さも感じない。

しかしこれはこれで

一つの完結した命でもあるのだ。

か弱さと力強さ、

そして無性に愛おしさを感じた。



衝動的に口に入れた。



海水を少し薄めたような

しょっぱさが口に広がる。



ゴクリと飲み込み

腹に収めた。



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