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単独忍びヒグマ猟記 解




山を出て3時間後



我々はF氏の作業場に到着した。



まずは毛皮を洗浄する。

ヒグマを引っ張るのに使ったスリングをクマの手首にかけ、

F氏がフォークリフトで吊り上げる。

改めてその大きさを再確認する。






高圧洗浄機で毛についた泥を洗い流す。

クマを吊るしたまま屋外から

作業場内にフォークリフトを入れる。

フォークを更に高く上げると共に、

ヒグマの下半身を持ってテーブルに乗せる。

フォークを少しずつ下げながら下半身をずらしていく。

クマが仰向けでテーブルの上に横たわった。






皮を剥いでいく。

すでに現場で裂いてある腹部の正中線を起点に、

前脚の先端に向かって切り目を入れる。

難しいのが肉球の部分。

掌の中心、人間の手で言うと

中指と薬指の間に向けてナイフを入れ、

肉球のところで止める。

そして肉球に沿って切れ目を入れ、左右に皮を開いていく。

爪はそれぞれの指の肉球の

ちょうど真ん中あたりにナイフを入れると、

そこに関節があってすんなりと落ちる。

手首の腱を切り、苦労して掌を外す。

真っ白な脂肪と真っ黒な肉球のコントラスト。

凄まじい迫力だ。

何日もかけて少しずつ煮る間に、

この黒い皮が剥がれてくるという。

何ともはや、手のかかる食材である。






後脚はより肉球が大きい。

踵までが一枚のパッドのようになっている。

こちらも肉球の際にナイフを入れ、

アキレス腱の部分を切って外す。



次いで全身の皮を剥いでいくが、

意外なことにシカよりも皮は薄く、

内側から毛根が透けて見えている。

穴を開けないように注意深く作業を進める。

シカと大きく違って感じたのは肩のあたり。

大胸筋から三角筋、肩関節の辺りがシカのそれとは違い、

人間ととても似ているように感じてしまう。

半身の皮を剥ぎ終わると、ひっくり返してまた半身。

全ての皮が剥けた。

脚を四本、サドル、バラ、ネックに頭部。

大バラシを進めていく。



端肉を口に入れて驚いた。

鼻に抜ける香りはナッツそのもの。

香ばしい木の実の風味なのだ。

コクワにヤマブドウ、そしてドングリなどを

たくさん食べてきたからだろうか。

シカとはまた違った、これまで食べたことのない

異次元の風味であった。



子グマ達も同じように掌を綺麗に取り、解体していく。



毛皮はとても腐りやすいという。

途中でホームセンターに塩を調達しに行き、

5キロ入りのものを購入。

大量の塩をまぶしてビニール袋に入れる。

翌日にはなめし業者に送る予定だ。






大体のバラシを終えて一息をついた頃、

狩猟同好会の面々が集まってきた。

今まで、クマ肉といえば自分が貰うばかりであったが、

私が分配する側に立つことに充実感を覚える。



F氏には前脚一本とバラ肉を差し上げる。

ハムを作ってくれるという。

ストーブのそばに肉を吊るして作る師匠特製の手作りハム。

年に何切れか貰っていて、絶品であることは既に分かっている。

完成が本当に楽しみだ。



熊の胆も、F氏が預かって下さるとのこと。

ある程度干したら、潰しながら平らに仕上げていくのだが、

袋を破かずに完成させるのがとても難しいそうだ。

こちらは、完成に二ヶ月近くを要し、年末になるとのこと。

耳かき一杯分くらいの少量を切り取り、お湯に溶かして飲む。

一度飲ませてもらったことはあるが、べらぼうに苦い。

「良薬口に苦し」とは、まさにこのこと。

上手に仕上げると、お湯に落とした胆のかけらがなぜか、

すーっと泳ぐという。

是非見てみたいものだ。






皆と色々話しながら肉を切り分け、

分配作業を終えると時間は20時過ぎ。

F氏へのお礼もそこそこに、

そこから普段お世話になっている方々にクマ肉を配りに出た。



この日は朝3時出発で動き出し、

昼食は朝にコンビニで買っておいたおにぎり2個。

夕食はまだ食べていない。

もうヘロヘロだ。



最後の七軒目、イタリアンレストランに

辿り着いたのは23時近く。

閉店後に、翌日に向けての準備をしているシェフに我儘を言い、

ヒグマのロースの一部を焼いていただく。

待つ間に、またヒグマ猟の話。

腹が鳴る。






ようやく出てきたクマ肉ステーキに食らいつくと、

脂が口の中でとろけて広がる。

この芳醇な香りこそがクマの醍醐味だ。

そしてシェフが気を利かせて添えてくれた

ノンアルコールビールで乾杯する。



旨い旨いと笑いながら囲む食卓。

私に命をくれたヒグマは、こうしてこれから、

私の大切な人たちを笑顔にしていくのだろう。







帰宅後、銃を掃除してナイフを研ぎ直すと、

時計はもう午前1時を回っていた。



そのままベッドに倒れ込み、

気絶するように眠りについた。



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