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単独忍びヒグマ猟記 序




本当に強く願っていることは、

なかなか口にする事が憚られるものだ。

軽々しく人に話してしまうと、

せっかくの夢が逃げていってしまいそうな、

あとちょっとで微笑んでくれるはずだった幸運の女神が、

すっと目をそらしてしまいそうな。

実現まではずっと心に秘めたまま、静かに、大切に、温め続けるのだ。



私は今、ようやく、きちんと話すことができるのを、

生きているからこそ話もできるということも含め、とても嬉しく思っている。





日本最大の陸上動物、ヒグマ。

生息数は増加していると考えられており、

最近は市街地まで出てきてしまう事が問題となっている。

ハンターの中でも、憧れのターゲットだという人と、

絶対に会いたくないという人に分かれる。



人生の師と仰ぐネイティブ・アメリカンのキース

(Keith Wolfe Smarch カナダ・ユーコン準州在住の

 ターギッシュ・クリンギット族。

 トーテムポールの彫刻家にして、熟練のハンター)も、

北海道で狩猟のイロハを教えていただいた師匠のF氏も、

ヒグマを仕留めている。



F氏からは、これまでのヒグマ猟の話をどれだけ聞いたことか。

軽く数十時間は超えているだろう。

微かな形跡からクマの行動を読む深い洞察に感動し、

反撃しようとしてくるクマを止める話には手に汗を握る。

いくら聞いても飽きる事がなく、

自分が出会ったらどうするのか、

イメージばかりが膨らんでいた。

しかし実際の私といえば猟場ではクマの生きた姿を見たことさえなく、

フンや足跡、爪痕を見つけては、怯えながらも、

いつか相見える事を夢見ているだけだった。





狩猟歴4年目となる2020年あたりからは、実はクマをターゲットに据えていた。



その年の11月28日。

雪が積もり始めた猟場で数頭分のヒグマの足跡を見つけ、

更には食べかけのシカを土に埋めた土饅頭や、

ヒグマの死体まで見つけた。






2日後、期待を膨らませながら

再びそのポイントに向かって車を走らせている途中。

早朝に凍結した道路でタイヤを滑らせて林道に転落した。

車は一発で廃車。

体は奇跡的に無傷だったものの、

その猟期に於ける私のヒグマ猟は終わった。



悔しかった。

私はヒグマ猟の土俵にも

立つことができなかったのだ。






2021年は本格的に

ヒグマと向き合いたいと思っていた。

前年のような中途半端な猟をして、

後悔したくはない。



狩猟のオフシーズンである春夏も、

山菜採りや渓流釣りは、

猟期にヒグマを追おうと考えている山で行った。

土地勘を養い、植生を観察し、

時折ヒグマのフンを見つけてはその存在を実感していた。






獲り方にもこだわりがあった。



ハンターの諸先輩方に

「ヒグマはどうやったら獲れるんでしょうか」と聞いても、

「狙って獲れるものではない」

「シカを追っていれば、いつか出会う時もあるさ」

といった意見ばかり。

確かに、たまたまヒグマと遭遇する、

という幸運に恵まれる事もあるだろう。

しかし私の心の中では、F氏が常々言っている

「獲れた獲物と、獲った獲物は別物」

という言葉が重くのしかかっていた。

闇雲に歩いて偶然に出くわすのを待つのではなく、

きちんとした読みの上で狙っていきたい。



「デントコーン畑に出てくるクマを

待ち伏せするのがいい」

というアドバイスも多かった。

しかしそれも、私の中ではピンとは来なかった。

確かに出会う確率は高いかもしれないが、

私が撃つクマは、

農地に居ついているような輩ではなく、

山に根ざす誇り高きクマであってほしかった。



「贅沢は言わず、とりあえず一頭は何がなんでも獲って、

次からは自分が納得する獲り方で」

と薦められたこともある。

しかしたまたま北海道に仕事で来てはいるが、

いずれはこの地を離れなくてはならない私にとって、

仮にヒグマを獲ることができたとしても、

それが最初で最後の一頭となる可能性も高い。



「獲れた」ではなく「獲った」でなくてはならない。



「獲らせてもらった」などは論外だ。



最初の一頭から、

きちんと納得できる獲り方をしなければ。







10月1日、猟期解禁。

これまでは必ず、

私が所属する狩猟団体のイベントである、

ため池でのカモ撃ちから始めていたが、

初日から一人で山に入った。

シカは少ないと言われるその場所で、

まずはシカを仕留めた。






しかし必死に探していたのはシカではなく、

ヒグマの痕跡。

ヤマブドウやコクワが

どこに実っているかをつぶさに見て回り、

新鮮なフンの多い場所を絞り込んでいった。



フンの内容物は、コクワが圧倒的に多く、

ついでヤマブドウ、次にドングリ。

ジャリジャリに噛み砕いた

オニグルミの殻だらけのものもあった。

あの硬い殻を食い破れるのは

エゾリスだけかと思っていたが、

ヒグマは殻ごと砕いてしまうのだ。

なんと強靭な顎の力。

感動しつつも、噛まれたら一巻の終わり、

とも思い肝を冷やした。






雪の無いこの時期には、

大きな足でふわっと落ち葉を踏む

ヒグマの足跡は分かり辛く、

たまたま泥の上を歩いた時だけしか

くっきりとは残らない。



苦労しながら

僅かな手がかりを拾い上げていく過程で、

痕跡にはムラがあり、

要注意な場所と、そうでも無い場所があることを

徐々に感じ取っていった。



もちろん、いつどこで出会っても

おかしくはない。

その緊張感を捨てることは自殺行為だが、

しかしやはり、

一見同じように見える山の中に

気配の濃淡は確実に存在していた。







10月16日

その日が運命の一日になるとも知らず、

私は眠い目をこすりながら猟場に向かった。

夜明け前、十分に余裕を持って

いつもの場所に車を停める。



辺りはまだ暗い。

ナイフを下げたベルトを腰に巻き、

銃をケースから取り出し、

ゆっくりと準備を進める。



車のドアを閉めようと顔を上げると、

すぐそばに雄ジカがいた。

繁殖期を迎え、

ガサガサと音を立てる私を

ライバルだと思って覗きに来たのだろう。

日の出前なので発砲はできない。



目が合うなり、軽やかな足取りで跳び去っていく。

ターゲットはクマなのだから、と思いながらも

少し残念な気持ちで後ろ姿を見送る。

そして今日一日が、

何かとタイミングがずれる日にならないといいな、

などとぼんやり考えていた。






時計を確認し、日の出と共に歩き出す。

少し歩くとすぐに

ヒグマの要注意ゾーンに入る。

一歩一歩、足裏が地面につく

1センチ前からスピードを緩め、

積もる落ち葉をゆっくりと踏む。

カサリ、とも音を立てないように心がけるが、

完全な無音にはなってくれない。

枯れ枝などを踏み折った日には、

もうそれだけで遠くのヒグマが

逃げ出してしまったような気持ちになる。



ヒグマは耳も鼻も効くが、

目はあまり良くないという。

人間は圧倒的に目に頼る生きもので、

私もこれまでは目で獲物を探してきた。

ところが困ったことに、

急激に視力が落ちてきた。

両目とも1.5で

目が悪い人の気持ちが分からなかったが、

今は小さな文字を読んだり、

暗い場所でものを見るのがしんどい。



しかし眼鏡をかけると

行動に制限が生まれるような気がして、

その猟期はなんとか裸眼のままで山を歩きたいと思っていた。



多少衰えつつあるとはいえ、

私にはこの目しかない。

ならば他の感覚全てを研ぎ澄ませて補えばいい。

ヒグマになったつもりで鼻をひくつかせ、

耳をそばだてる。

目は少し細めて広い範囲を均一に網羅する。

読書に例えると、

文字の一つ一つを詳細に追うのではなく、

ページ全体を一度に眺めて、

そこに表現されている大意を把握するような読み方か。





不意に獣の匂いを感じ、思わず足を止めた。



緊張を抑え、

目をつぶって嗅覚に意識を集中させる。

ヒグマの匂いは嗅いだことがないが、

きっとこれとは違う。

これは繁殖期の雄ジカの匂いだ。

30分以内に、ここでしばらく草でも食べていたのか、

数分前に林道を横切ったのだろうか。

立派な角を生やした雄ジカが首を振り、

悠々と闊歩する姿が思い浮かぶ。

目を開けると、

足元には雄ジカならではの、

大きな二股に分かれた、新鮮な足跡があった。



悪くない。



動物としての自分が覚醒していくのを感じる。

私の体と心の奥に、

皺になって畳まれていた五感のレーダー。

その襞が徐々に伸ばされ、

パラボラアンテナがゆっくりと開いていく。



分岐に差し掛かる。



迷う。



上か、下か。



これまで、ヒグマは

簡単にはアプローチできない

山奥に隠れているイメージを持っていたが、

今期のヒグマの痕跡は

標高の低い場所の方に多く存在していた。






前の週のこと。

下の林道には子グマの足跡がついていた。

上の林道には真新しい大人のヒグマのフンがあった。

そこから林に入る獣道に

強く惹かれるものを感じて分け入った。



ケホッという、

人間の咳払いのような声を聞いた。

声がした方の藪をゆっくりと探ってみたが、

何も見つからなかった。

しかし、今まで聞いたことがないその音は、

ずっと心に引っ掛かっていた。



上の道にあったフンは

コクワばかりのものだった。

今年の実りは芳しくないと

数日前の新聞に出ていた。

確かにコクワの蔓はたくさんあるが、

果実にはなかなかお目にかかれない。

その中でよくぞここまで

コクワばかりを探し出して食べるものだ。

そして私は、

そこから林道を少し上がったところに

僅かに残っているコクワの実を見つけていた。






今この時間、ヒグマはどこで何をしているだろうか。



夜の内に動き回り、

明るくなると少し奥に身を隠して体を休める。

沢筋から斜面を登り、

最後にコクワをちょっとつまんで

眠りにつくヒグマの姿が心に浮かぶ。



私は上に行く道を選択した。





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