2021年1月31日
一週間前の猟では悔しい思いをしていた。
罠猟の免許を所持している女子大生M。
関東では猟師について山を歩き、
解体も体験済みだ。
母親はジビエの精肉所で働いていたことがあり
その時にも色々と手伝いをしていたという。
ただ、止め刺しや腹出しは未体験。
いずれ銃の免許を取りたいと考えていて、
私の猟に同行したいという依頼を受けた。
その日は、友人のハンターも一緒に
日本海側の山を10キロ以上、
相当過酷なコースを歩いた。
日没直前、ようやく雄鹿を見つけ発砲。
きちんと狙い込めていたし、
撃たれたオスは背中を丸めて
その場で高く跳ね上がった。
仕留めたと思った。
しかし、鹿は走り出し
血痕はいくら探しても見当たらない。
弾は鹿を掠めてもいなかったのだ。
そして一週間後。
再度Mを連れて、リベンジマッチ。
この日は、太平洋側の山に入ることにした。
日本海側は雪が深すぎるため、
私が知っている中で
この時期最も雪の少ないポイントを選んだ。
夜明け前に高速に乗る。
二日前は満月だった。
西の空には大きな月が浮かぶが、
東の空は朝焼け。
群青の夜と、朱に染まる朝との
分水嶺を走る。
高速を降りると、思ったより雪が深い。
昨晩、それなりに降ったようだ。
代車の軽自動車はタイヤ径が小さく、
少し雪が積もっているだけで腹を擦る。
スタックすると車を掘り出すのに
數十分はかかってしまう。
冷や汗が出る。
水上のボートのような浮遊感で
フラフラと揺れる車。
逆ハンドルを当てながらアクセルを踏み込む。
どうにかこうにか、予定の場所に到着することができた。
荷物の準備をしていると
後ろから車がやってきた。
車で林道を走りながら鹿を探す
流し猟のハンターだ。
少し立ち話をする。
歩いて山に入るというと、
よくやるねえ、と感心される。
最早忍び猟が自分の中での
スタンダードになっているので
自然に気負いなく山に入っているが、
同じハンターさえ、
忍び猟を奇特に思う人もいるようだ。
雪面を見ると、前日の風の影響がかなり残っている。
風のせいで薄れているが、足跡はたくさんある。
林道に入ると、左右は背の高い笹薮。
少し離れて歩いていたMを呼び、
「今、鹿はまだ風を避けて
こんな笹藪の中にいる可能性が高い」
と伝えた途端。
私の声に反応したのか、
隣の藪から鹿の群れが走り出し、逃げ去って行った。
鹿が逃げたことを残念に思うより、
自分の読みが的確だったことに
満足感を覚える。
そもそもこんなに濃い笹薮の中では
鹿がいても撃てない。
そして逃走ルートは確認した。
笹薮を漕いで中に入ってみると
鹿の寝屋がいくつもあった。
Mが銃を持つようになれば、
笹薮が高いこうした状況でも
私が追い出してMが撃つことも可能だ。
どこにMが立ち、私がどのルートで鹿を追い出すか
シミュレーションを行う。
ハンターを目指すMなので、
この日の話の内容は終始具体的だ。
少し進むとまたしても後ろから車が追い付いてきた。
先ほどとは別のハンターだ。
忍び猟か!と驚かれ、Uターンして
別ルートへと向かってくれた。
しばらく歩くともう車で入れる道はなく、
私たちだけで鹿の痕跡を探しながらゆっくり歩く。
ある程度歩くと、再び車で入れる林道に当たる。
歩きやすいので、次の尾根筋に入るまでは
その道の上を歩く。
すると、遠くの稜線を
数頭の鹿の群れが駆け下りて行った。
私たちに気づいたのだろう。
稜線を一度降りた後、どこに向かうのか。
鹿が林道を横切った形跡はない。
更に奥の坂を再び登り、
向こう側に身を隠しているのではないか。
そんなことを考えながらゆっくり歩いていると
ガサッ、と藪が揺れる音がした。
はっとして立ち止まり、全神経を耳に集中する。
目を皿のようにしてあたりを見回す。
鹿の姿は見えない。
でも、確実にいる。
しばらく息を潜めて待つ。
すると、100メートルほど先の藪から
こちらを警戒しながら小さな鹿が出てきて
林道を渡るのが見えた。
身を屈めて一歩一歩を慎重に踏みしめる。
ゆっくり時間をかけて接近していく。
ようやく姿を捉えた。
ほぼ真正面にこちらを向いている。
頭は突き出すように低くして私を警戒していた。
鹿を刺激しないようにゆっくりと座る。
弾を込め銃を構え、引き金を引くと
鹿は一歩も動かずに崩れ落ちた。
当歳仔の小さなオス。
なぜ一頭で出てきたのは分からないが、
私が母親を見逃していたのか、
あるいは母親を失ったみなし子だったのかもしれない。
弾は左目のあたりから
後頭部方向に頭蓋骨をえぐっていた。
まだ微かに息はある。
心臓が動いているうちに血抜きをしたい。
止め刺しの要領を再確認し、
Mにナイフを入れてもらう。
さすがにすぐは刺せずに
しばらく位置を探っていたが、
思い切り良くナイフを入れてくれた。
引き抜くと水道の栓をひねったように
血が吹き出る。
今年は何人もハンターでない人に
猟に同行してもらい、
仕留めるたびに止め刺しのナイフを入れてもらったが
きちんと成功したのはMが初めてだ。
呼吸が浅くなり、瞳孔が開いていく。
ありがとう、もうすぐ終わるからね、と
頭を撫でながら最期を看取る。
吊り解体が見たい、という希望だったので、
この日は道具一式を持参していた。
いい位置に横枝が出ている木を見つけるのに少し苦労したが
そこまで子鹿を引っ張り、ロープで吊り上げた。
解体を始めるとまた車がやってきた。
鹿を吊り上げるウィンチなどを完備した
ピックアップに乗った二人組だった。
この深雪の中、よくこんな所まで来たものだと感心するが
それは向こうも同じようで、
よくこんな所まで歩いてきたな、と感心される。
今日は思いの外早く鹿が出て、
本当は、ずっと奥の稜線を狙おうと思っていたのに。
更に奥を目指そうとする車が
走り出すと同時に、目の前で雪に埋まった。
救出を手伝おうとするが、助けはいらないと言われ、
我々は解体を続ける。
慌てる様子もなく近くの木にワーヤーロープをかけ、
ウィンチで脱出する二人組。
元来た道を戻って行った。
流し猟には流し猟の、色々なテクニックがある。
ゆっくりと解体を教えながら作業は進む。
ヘッドショットで、しかも舌は無傷のため、
全ての部位の肉を最大限に取ることができた。
肉のパッキングも終了。
一週間前、私は悔しく、彼女は残念な思いを味わったが
アフターケア、とでも言えばいいのだろうか、
きちんと挽回し、期待に応えることができた。
重い荷物を背負った帰り道は
雪に足が沈むかと思われ、
Mに背負子にくくりつけて来た
スノーシューを履いてもらったところで、
また別の車が登って来た。
これで四台目。
今度は三人組。
本当に車によく会う日だ。
先に進もうとしていたが、
先ほどのピックアップが
すぐそこでスタックしたことを説明する。
ウィンチがついていない車では、
この先でハマってしまったら大変だ。
ピックアップと同じ場所で
Uターンしようとした途端、
車が動きを止め、タイヤが猛烈にスリップを始めた。
すぐに駆け寄り、車を押す。
なんとか方向転換することに成功した。
もう大丈夫だ。
大いに感謝された後、
「車まで乗ってくかい?」
との言葉をいただく。
歩いて帰るつもりだったので
反射的に断る。
が、すぐに心変わりし、
ありがたく乗せていただくことにした。
猟ではいつも予想外のことが起きるものだ。
こんなところで女の子に会うのが珍しいのか
Mがずっと話しかけられている。
しばらくして
「で、お父さんの方の住まいは札幌なの?」と聞かれた。
なんと、親子だと思われていたようだ。
確かに、親子ほどに歳は離れているので無理もない。
苦笑して、ただの友人であることを説明する。
そうこうしている内に、我々の車が見えてきた。
図らずも、大変快適に車に戻ることができたが
何か物足りないというか、
後ろめたいというか。
そんな風に感じてしまうのも、
忍び猟を愛しているからこそ、なのかもしれない。
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