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殺したものを救う




殺したものを救う。

そんなことは可能なのだろうか。



三連休の初日。

プロカメラマンのHと山に入る。

狩猟に同行するのは初めて。

撃たれる前の鹿と、鹿を撃つ私の両方を撮りたいと言う。



撃った後の鹿は、自分で何枚も写真を撮ってきたが

生きている最後の瞬間をカメラに捉えたことはない。

銃を撃たなくてはならないのだから当然だ。

そんな事が可能なら、是非お願いしたいと

依頼を快諾した。



鹿を見つけるのは慣れないと難しいし、

距離も遠い場合が多く、すぐに逃げる。

また私の方も、鹿を見つけた途端に銃を構え、

即座に発砲する。

非常に難易度の高い撮影だ。



朝が早いため、拙宅に前泊していただいたにもかかわらず

話が弾みあっという間に深夜に。

「明日のお礼に」と前倒しのプレゼントをいただく。

私の大好きな星野道夫の写真集だ。

感謝。

そのうちゆっくり、目を通そう。





翌朝。

眠い目をこすりながら、夜明けと共に歩き始める。

この日は曇りで、鮮烈な朝日が差し込むことはなかった。

あたりはぼんやりと明るさを増していくだけで

世界がモノトーンだということは変わらない。



すぐに銃声が鳴る。

既に山の中に入っている我々の後ろから響いてきた音だ。

車を使った、流し猟のハンターが撃ったのだろうと考える。

少し間を置いて、再び銃声。

一発で死にきれなかった鹿にとどめを刺したのだろう。

鹿があまり苦しまなかったことを祈りながら

山の奥を目指す。






この山麓に入るのは初めてだ。

前回は兎の罠を仕掛ける下見に来たが

兎の足跡は全く無かった。

しかし、人間の足跡もなく、

ハンターに荒らされていない場所のため

鹿を獲るのにはいいのではないかと、

このエリアを選んだ。

地形図を確認しながら最初の尾根筋に登る。

尾根伝いに、どんどん標高を上げていく作戦だ。



笹薮を抜けて稜線に出た途端。

鹿の白い尻尾を見つける。

頭は木に隠れているが肺を撃つことは可能だ。

弾を装填し銃を構えるが、

そこで今日の目的を思い出す。



間隔をあけてついてきているHを小声で呼ぶ。

慌てて駆けつけるH。

Hが私に追いつくと同時に走り去る鹿。

結局Hは鹿の姿を見ることもできなかった。

やはり一筋縄ではいかない。



狩猟の邪魔をしてはならないという遠慮と

鉄砲を持つ人のそばを歩くことの恐怖との両方から

思わず距離を置いていたという。

その気持ちは無理もないが、

それでは狙い通りの写真は撮れるはずがないので

頑張ってすぐ後ろを付いてきてもらうことにする。





更に歩いていると、またしても銃声が響き渡る。

今度は山奥からだ。

我々以外にも、

自分の足で山を歩く忍び猟のハンターがいるのか。

だとした要注意だ。



不意に、木の生えていないラインが見えた。

よく見ると車の轍も付いている。

どこから入る道なのかは分からないが

こんな山奥に林道が走っていたのだ。



その林道に出た。

タイヤの幅が広い。

立派な車だ。

ランドクルーザーか、ピックアップ、

もしかしたらジープかもしれない。

銃弾は車から発射されたのだろう。



しばらく林道を歩いていると、

角を曲がったところで

向かい側の斜面からカラスが二羽飛んだ。

木の根元に、柔らかい毛皮の質感を感じる。

双眼鏡を覗いて確認する。

Hは「キツネです!」と言っているが、鹿だ。



実はその10メートルほど右にキツネがいて、

Hはそちらに目がいっていたのだ。

森の中ではキツネの色が浮き立って見えるのに

私は気付かなかった。

自然と鹿ばかりを見る目になっているのだろう。



鹿は全く動く様子が無い。

先ほどの銃声で死んだ鹿だと思われる。

カラスがまだ二羽しかついていなかったことも頷ける。

しかし解体しているハンターはおらず、車も無い。

一体どういう事なのだろう。





沢を越えて見に行く。

地面に横たわっていたのは、

まだ一歳にもならない子供の雄鹿。



その姿を見た時、

悲しみと怒りに打ち震えた。



横腹にスプレーで書かれた1.15という数字。

この日の日付だ。

そして尻尾のみが切り取られている。

有害駆除の補助金を申請するため、

証拠として提出が義務付けられている尻尾を持ち帰り、

日付を記した死体の写真を撮ったのだ。

そして肉には一切、手が触れられていない。



法律では、撃った後の鹿の残滓は

基本的には全て持ち帰ることになっており、

忍び猟などで現実的にそれが難しい場合は

適切に埋設することになっている。

死体を放置したままというのは

明らかに法律に抵触する。



しかし法律だけの問題では無い。

この子鹿はたった数千円の補助金だけのために

命を奪われたのだ。

そんなことが許されていいのか。

1.15という赤文字は

命を冒涜する落書きにしか見えなかった。






たった数ヶ月の生涯がこんな形で終わるとは。

頭を撫でながら謝る。

目頭が熱くなる。

すると、後ろから鼻をすする音が聞こえてきた。

Hも泣いていたのだ。

この感情を分かち合えることに感謝した。

一人の心無い人間と、

共に心を痛める二人の人間。

今日、彼と一緒で良かったと思った。





体をさすると、まだ全然温かい。

銃声が聞こえたのは15分ほど前。

補助金のためだけに殺された子鹿に対し

ハンターの一員として責任を感じ、

今、私にできることは何なのかを考える。

そして決意した。

この子の肉は私が持って帰る。



解体作業に時間を費やしてしまえば、

鹿を撃つ瞬間を撮りたい、という

Hの希望には応えられないかもしれない。

しかし、この子を見捨てて鹿探しを続けるような

ハンターにはなりたくない。

Hに説明するとすぐに賛同してくれた。



そこからはスピード勝負。

美味しい肉をとるにはできるだけ速く

作業を進める必要がある。

まずは血抜きだ。

心臓から肺に伸びる動脈を狙ってナイフを入れるが

あまり血は出ない。

バイタルに弾が入っていた為

既に肺の中に出血がたまり

ある程度は自動的に血抜きが出来ていたようだ。



その後すぐに肛門を抜き、腹を裂き、

アキレス腱を露出させて木に吊る準備を開始。

まるで重症の患者に緊急手術を施す

ERの医師のような気分だ。

内臓を全て抜いたところで

とりあえずの応急処置を終えたような気持ちになる。






ちなみに肛門から食道までを一つの塊で

一気にズルズルと引き出したことが

Hにはとても印象的だったそうだ。

人間を含め、動物の体の構造は

極端に言えばちくわやストローのようなもの。

食物を摂取する入り口と排出する出口は

一本で繋がっている。

精子と卵子が出会い、細胞分裂が始まり、

最初にできるのが球を貫く穴であり、

片方が口で片方が肛門。

いくら器官が複雑に分化していっても

その基本構造は、鹿も人間も変わらない。



ここからは肉をとる。

自分で撃った鹿と同じように、

可能な限り骨に肉を残さないようナイフを入れる。

子鹿の無念を、丁寧に骨から剥がしていく。



インディアンのキースに教わった通り、

気道を切り取り、風通しの良い枝に刺して

子鹿に祈りを捧げる。





殺されたものを、精一杯、生かす。



私が仕留めた訳ではないが、

自分なりに満足のいく狩猟ができた、と思った。



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